竹富の六山神(共通語)

概要

竹富の御嶽(おん)は、玻座間御嶽(はざまおたけ)って、私(うち)なんか、玻座間御嶽(うりゃおん)って言うんですけど。それから、そこから来て学校のすぐ隣のそこに仲筋御嶽(さーじおん)って、ありますけど。その仲筋御嶽行ってちょっとあっちは仲筋部落で、幸本御嶽(こんとおん)がありますよ。こっちから西部落。こっちは今東部落です。それからずっとこっちに来てね、港の方になりますけどよ。ここ久間原ですよね。私の家は、この久間原よ。で、久間原御嶽(くまばらうたけ)があって、そこにまた、もう少し港の方に行くと、花城ってとか言うかね。花城御嶽(はなくおん)っていってね、花城御嶽(はなしろおたけ)とか言うはず。それで、そこのすぐ隣に玻利若御嶽(ばいやおん)って言ってありますよ。
 あっちの玻座間御嶽(うーりゃおん)は、すぐ部落の後ろにあるんですよ。この神様は、お産の神様、子宝の神様で、その祭りは、種取り祭をする二週間前にやるんですけどね。あれはなかなか子宝に恵まれん人があっちを信仰すると子宝に恵まれるという言われがあるんですけど、今はみんな旅に出てからわからない。また、この久間原御嶽(くまばらおたけ)は、山の神様。それで、昔はね、自分の家を造るとなったら山からその材木を山から取るでしょう。だから、もう二、三年前に自分でもう食料いっぱい持って、西表島の奥山に入って、上等のほらたんぎとか、あんな一本一本切り倒して来て置いて、材木採って、準備してから家は建てたんですよね。だから、これを久間原御嶽(くまばらうたけ)は、山の神様言うてね、自分の家を作る時は、ちゃんとこのみんな山に持っていく鋸や材料切るのをね、久間原御嶽(くまばらうたけ)のお宮に持って行って並べてね、菜っ葉とかも持ってってあっちの神様にちゃんと供えてね、「山に入ったら怪我もしないで、いい材料に巡り合わして、ちゃんと材料たくさん取らして下さい。」とちゃんとお願いしてから山に入るんですよね。で、山から家を建てる材料を取って来たら、伝馬船でこの島に運んで来て、それで西の浜にね、今度は石を持って来て材木を取って来た上にあの石を乗せて、そのままずうっと一年間ぐらい保管するんですよ。そうして、長いこと保管しておいて、それをたいがいやると、今度は自分の家に持って来て、ちゃんと乾かしてから家を建てたんですけどね。だから、家を建てても白蟻ちゅうのも湧かなかった。今はどこの材料かわからんけど、湧いてるでしょ白蟻があるんですよね。 花城御嶽は、海の神様だから、海に行く時に、あっちにお参りすれば、魚だの、蛸だのいっぱい捕れて大漁になるって。あっちに行くときは、庭に入って行くところに石があるんですよ。そこにこれぐらいの穴があって、これは蛸の穴だちゅって、豊年祭の時には、きれいにその石を磨いてね、願いするんです。それでまた、その隣の波利若御嶽(はいやおん)は、雨の神様。それで、日照りや旱魃するでしょ。そしたら、また司、神司があっちに行って、「雨降らせてちょうだい。」と言ってお祈りする。
 だから、こっちの種取りの時はね、この六つの御嶽をね、学校の校長、郵便局長なんかが、暑いのによ、羽織り袴でずうっと回るんですよ。だから、「豊年祭のときには、大変だ大変だ。」ってみんな言うけど。こっちの六つの御嶽の司は、各々決まっていて、それで、氏子はね、誰々はあそこの氏子だと、どこどこは誰々って、子孫はみなつながっていますね。私はまた大山だから、私は里の波利若御嶽(はいやおん)に行っているけど、私の主人が久間原(くまばら)だから、息子や子供はみんな久間原御嶽(くまばらうたけ)に行っているよ。
・仲筋部落‥‥竹富島の南の部落。・たんぎ‥‥生活用品の一部のものか。

再生時間:5:30

民話詳細DATA

レコード番号 47O200249
CD番号 47O20C015
決定題名 竹富の六山神(共通語)
話者がつけた題名
話者名 細原千代
話者名かな くまばらちよ
生年月日 19200124
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町字竹富
記録日 19950322
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字竹富T3A06
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 80
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 沖国大国文学科平成8度卒業論文 竹富島の民話 p5
キーワード 波座間御嶽,仲筋御嶽,幸本御嶽,久間原御嶽,花城御嶽,波利若御嶽
梗概(こうがい) 竹富の御嶽(おん)は、玻座間御嶽(はざまおたけ)って、私(うち)なんか、玻座間御嶽(うりゃおん)って言うんですけど。それから、そこから来て学校のすぐ隣のそこに仲筋御嶽(さーじおん)って、ありますけど。その仲筋御嶽行ってちょっとあっちは仲筋部落で、幸本御嶽(こんとおん)がありますよ。こっちから西部落。こっちは今東部落です。それからずっとこっちに来てね、港の方になりますけどよ。ここ久間原ですよね。私の家は、この久間原よ。で、久間原御嶽(くまばらうたけ)があって、そこにまた、もう少し港の方に行くと、花城ってとか言うかね。花城御嶽(はなくおん)っていってね、花城御嶽(はなしろおたけ)とか言うはず。それで、そこのすぐ隣に玻利若御嶽(ばいやおん)って言ってありますよ。  あっちの玻座間御嶽(うーりゃおん)は、すぐ部落の後ろにあるんですよ。この神様は、お産の神様、子宝の神様で、その祭りは、種取り祭をする二週間前にやるんですけどね。あれはなかなか子宝に恵まれん人があっちを信仰すると子宝に恵まれるという言われがあるんですけど、今はみんな旅に出てからわからない。また、この久間原御嶽(くまばらおたけ)は、山の神様。それで、昔はね、自分の家を造るとなったら山からその材木を山から取るでしょう。だから、もう二、三年前に自分でもう食料いっぱい持って、西表島の奥山に入って、上等のほらたんぎとか、あんな一本一本切り倒して来て置いて、材木採って、準備してから家は建てたんですよね。だから、これを久間原御嶽(くまばらうたけ)は、山の神様言うてね、自分の家を作る時は、ちゃんとこのみんな山に持っていく鋸や材料切るのをね、久間原御嶽(くまばらうたけ)のお宮に持って行って並べてね、菜っ葉とかも持ってってあっちの神様にちゃんと供えてね、「山に入ったら怪我もしないで、いい材料に巡り合わして、ちゃんと材料たくさん取らして下さい。」とちゃんとお願いしてから山に入るんですよね。で、山から家を建てる材料を取って来たら、伝馬船でこの島に運んで来て、それで西の浜にね、今度は石を持って来て材木を取って来た上にあの石を乗せて、そのままずうっと一年間ぐらい保管するんですよ。そうして、長いこと保管しておいて、それをたいがいやると、今度は自分の家に持って来て、ちゃんと乾かしてから家を建てたんですけどね。だから、家を建てても白蟻ちゅうのも湧かなかった。今はどこの材料かわからんけど、湧いてるでしょ白蟻があるんですよね。 花城御嶽は、海の神様だから、海に行く時に、あっちにお参りすれば、魚だの、蛸だのいっぱい捕れて大漁になるって。あっちに行くときは、庭に入って行くところに石があるんですよ。そこにこれぐらいの穴があって、これは蛸の穴だちゅって、豊年祭の時には、きれいにその石を磨いてね、願いするんです。それでまた、その隣の波利若御嶽(はいやおん)は、雨の神様。それで、日照りや旱魃するでしょ。そしたら、また司、神司があっちに行って、「雨降らせてちょうだい。」と言ってお祈りする。  だから、こっちの種取りの時はね、この六つの御嶽をね、学校の校長、郵便局長なんかが、暑いのによ、羽織り袴でずうっと回るんですよ。だから、「豊年祭のときには、大変だ大変だ。」ってみんな言うけど。こっちの六つの御嶽の司は、各々決まっていて、それで、氏子はね、誰々はあそこの氏子だと、どこどこは誰々って、子孫はみなつながっていますね。私はまた大山だから、私は里の波利若御嶽(はいやおん)に行っているけど、私の主人が久間原(くまばら)だから、息子や子供はみんな久間原御嶽(くまばらうたけ)に行っているよ。 ・仲筋部落‥‥竹富島の南の部落。・たんぎ‥‥生活用品の一部のものか。
全体の記録時間数 5:35
物語の時間数 5:30
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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