アーパー石(共通語)

概要

アーパー石という石がありますよね。ここの私の家の前のこの鍋道(なみんどー)の通りをね、うずうっ
と北海岸に行くとですね、大きな岩があるんですよね。あの海の中の大きな岩をソイと言ってますけどね。
東側と西側に分かれてですね、こっちから言うと右側と左側に分かれてソイがあるんですよね。そのソイの
前にですね、また丁度、背の高さ一メートルぐらいのね、ちょうど人がです立っているような、女の恰好し
たこうきれいな石がこうぽっと立ってるんですよ。これをここの人は立神(たちかん)って言いますけどね
、この石をアーパー石と言っているんです。アーパーという言葉は、結局もう婆さんをちょっとこう格下げ
して言うた言葉があるんですけどね。
 その石には、この石の由来があるんですけどね。あの当時ですね、暴風とかになると、台湾の蛮人とか、
南島の蛮人なんかが、よく島に漂着してたどり着いたらしいですよね。そして、婦女子を殺害したりしてた
らしいですよね。その頃に、竹富島は人口が増えて、この海岸近くに新里村という小さな村があったんです
が、その村に一人の娘の子が生まれて、非常に可愛らしい娘になったんですけどね、この娘は、ちょっと一
風変わった娘で、幼い頃からですね、もう外にも出ないで、ずうっと一人で、家に閉じこもってばかりいた
らしいですよね。どんどん大きくなって年頃になっても、やはり恋心もつかんで、ずうっと家の中におったらしいですよね。両親は非常にたまりかねてですね、この娘を怒ったり、罵ったりしてやったらしいですけど、ある日のこと、お母さんがですね、何とかして外に連れ出して、いい男でも恋人でも探してあげようと思って、やっとのことで潮干狩に連れ出して、一緒にこの浜辺でまあ遊ぶようったらしいですよね。んで、その日は丁度もうもう潮が引いてるもんだからいろいろもう潮干狩をしてる間に、潮が満つ時期でもないですけどね、急に潮がずうっと満ちて来たらしいんですよね。満ちて来たもんだからお母さんが心配して、「おかしいね。」と言ってお母さんが先にもう浜に上がって難を逃れて、もう娘を呼び止めて、「もう早く帰ろう、帰ろう、丘に上がろう、陸に上がろう。」って言うても、娘の方はですね、これはもう見向きもしないで、ずうっとこう潮の中に娘はもうぼんやりして立っとったらしいんですけどよ、どんどん、どんどんと潮が満ちて来てですね、もうやがてもうもう娘を隠すようになってるけども、それでも娘はただ海の中におるらしいよね。そうしたら、何のことか知らんけど、見る見るうちにこの娘はですね、八十ぐらいの老婆に早変わりして、石になってしまったらしいんですよね。
 だから、このお母さんは、「やっぱり自分の育てた娘はこう只の娘じゃなかったんだね。元々これはもう本当の娘じゃなくて、神から授かった神様じゃなかったかね。」と悟ったという話ですけどよ。竹富島では、この石をアーパー石と言って今でもありますよ。昔はですね、この石を崇めたらしいですね。こういう石を立っている神、立神(たちがん)石と言ってますよ。この石は、海の中でなくて、もうシュウチ岩からちょっとこう一〇メートルくらいあがったところの美崎浜にあるんですよね。行って見られたらいいよ、ずうっとこう大きな、石が両方に分かれてありますからね。この石からもう陸の方に近いところにこの立神石が、女の人みたいに綺麗な恰好してるよ。これも喜宝院の住職の上勢頭さんから聞いたんですけどね。あの人は、散髪に来てまずこういう話があったねって、こういう話はよく教えたものですから、ちょっとちょっと書いて覚えてきたけど、なかなかうまく覚えられないよ。
・アーパー石‥‥アーパーとは、年取ったおばあちゃんという意味でややおばあちゃんを格下げした言い方。竹富島の北側、御嶽を越えた海にぽつんと立つ人の形をしたような岩な名。干潮時になると人が座り込んだような姿がはっきりとした形で現れる。・鍋道(なびんどー)‥‥西部落と東部落の間で、小城盛から集落に入る道をいう。一五夜の綱引きをする道であった。・ソイ‥‥アーパー石の後ろの方にある岩。陸の石はツサイシと言い、海の石をソイと言う。・立神(たちかん)‥‥立った石の神様。・新里村‥‥一二世紀から一四世紀にかけて竹富島の北海岸近くに位置し、花城井戸(はなくんがー)を中心に広がっていった集落のこと。井戸の東側は一二世紀頃、西側は一四世紀頃に形成されたといわれる。島の発祥の地としていわれ、そこから今の部落一帯へ移ったとされる。・新里‥‥‥一二世紀から一四世紀にかけて竹富島の北海岸近くに位置し、花城井戸を中心に広がっていった集落のこと。井戸の東側にあった集落は一二世紀頃、西側は一四世紀頃に形成された島の集落の発祥の地としていわれ、後に、そこから今の部落一帯へ移ったとされる。

再生時間:3:32

民話詳細DATA

レコード番号 47O200238
CD番号 47O20C014
決定題名 アーパー石(共通語)
話者がつけた題名
話者名 河上親雄
話者名かな かわかみしんゆう
生年月日 19140102
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町字竹富
記録日 19950322
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字竹富T2A10
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情 上勢頭さんから聞いた
文字化資料 沖国大国文学科平成8度卒業論文 竹富島の民話 p11
キーワード ソイ,立神,娘,老婆
梗概(こうがい) アーパー石という石がありますよね。ここの私の家の前のこの鍋道(なみんどー)の通りをね、うずうっ と北海岸に行くとですね、大きな岩があるんですよね。あの海の中の大きな岩をソイと言ってますけどね。 東側と西側に分かれてですね、こっちから言うと右側と左側に分かれてソイがあるんですよね。そのソイの 前にですね、また丁度、背の高さ一メートルぐらいのね、ちょうど人がです立っているような、女の恰好し たこうきれいな石がこうぽっと立ってるんですよ。これをここの人は立神(たちかん)って言いますけどね 、この石をアーパー石と言っているんです。アーパーという言葉は、結局もう婆さんをちょっとこう格下げ して言うた言葉があるんですけどね。  その石には、この石の由来があるんですけどね。あの当時ですね、暴風とかになると、台湾の蛮人とか、 南島の蛮人なんかが、よく島に漂着してたどり着いたらしいですよね。そして、婦女子を殺害したりしてた らしいですよね。その頃に、竹富島は人口が増えて、この海岸近くに新里村という小さな村があったんです が、その村に一人の娘の子が生まれて、非常に可愛らしい娘になったんですけどね、この娘は、ちょっと一 風変わった娘で、幼い頃からですね、もう外にも出ないで、ずうっと一人で、家に閉じこもってばかりいた らしいですよね。どんどん大きくなって年頃になっても、やはり恋心もつかんで、ずうっと家の中におったらしいですよね。両親は非常にたまりかねてですね、この娘を怒ったり、罵ったりしてやったらしいですけど、ある日のこと、お母さんがですね、何とかして外に連れ出して、いい男でも恋人でも探してあげようと思って、やっとのことで潮干狩に連れ出して、一緒にこの浜辺でまあ遊ぶようったらしいですよね。んで、その日は丁度もうもう潮が引いてるもんだからいろいろもう潮干狩をしてる間に、潮が満つ時期でもないですけどね、急に潮がずうっと満ちて来たらしいんですよね。満ちて来たもんだからお母さんが心配して、「おかしいね。」と言ってお母さんが先にもう浜に上がって難を逃れて、もう娘を呼び止めて、「もう早く帰ろう、帰ろう、丘に上がろう、陸に上がろう。」って言うても、娘の方はですね、これはもう見向きもしないで、ずうっとこう潮の中に娘はもうぼんやりして立っとったらしいんですけどよ、どんどん、どんどんと潮が満ちて来てですね、もうやがてもうもう娘を隠すようになってるけども、それでも娘はただ海の中におるらしいよね。そうしたら、何のことか知らんけど、見る見るうちにこの娘はですね、八十ぐらいの老婆に早変わりして、石になってしまったらしいんですよね。  だから、このお母さんは、「やっぱり自分の育てた娘はこう只の娘じゃなかったんだね。元々これはもう本当の娘じゃなくて、神から授かった神様じゃなかったかね。」と悟ったという話ですけどよ。竹富島では、この石をアーパー石と言って今でもありますよ。昔はですね、この石を崇めたらしいですね。こういう石を立っている神、立神(たちがん)石と言ってますよ。この石は、海の中でなくて、もうシュウチ岩からちょっとこう一〇メートルくらいあがったところの美崎浜にあるんですよね。行って見られたらいいよ、ずうっとこう大きな、石が両方に分かれてありますからね。この石からもう陸の方に近いところにこの立神石が、女の人みたいに綺麗な恰好してるよ。これも喜宝院の住職の上勢頭さんから聞いたんですけどね。あの人は、散髪に来てまずこういう話があったねって、こういう話はよく教えたものですから、ちょっとちょっと書いて覚えてきたけど、なかなかうまく覚えられないよ。 ・アーパー石‥‥アーパーとは、年取ったおばあちゃんという意味でややおばあちゃんを格下げした言い方。竹富島の北側、御嶽を越えた海にぽつんと立つ人の形をしたような岩な名。干潮時になると人が座り込んだような姿がはっきりとした形で現れる。・鍋道(なびんどー)‥‥西部落と東部落の間で、小城盛から集落に入る道をいう。一五夜の綱引きをする道であった。・ソイ‥‥アーパー石の後ろの方にある岩。陸の石はツサイシと言い、海の石をソイと言う。・立神(たちかん)‥‥立った石の神様。・新里村‥‥一二世紀から一四世紀にかけて竹富島の北海岸近くに位置し、花城井戸(はなくんがー)を中心に広がっていった集落のこと。井戸の東側は一二世紀頃、西側は一四世紀頃に形成されたといわれる。島の発祥の地としていわれ、そこから今の部落一帯へ移ったとされる。・新里‥‥‥一二世紀から一四世紀にかけて竹富島の北海岸近くに位置し、花城井戸を中心に広がっていった集落のこと。井戸の東側にあった集落は一二世紀頃、西側は一四世紀頃に形成された島の集落の発祥の地としていわれ、後に、そこから今の部落一帯へ移ったとされる。
全体の記録時間数 3:39
物語の時間数 3:32
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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