
昔、港の方から、豊見親王という人が竹富に上がって来られて、竹富の豊見親城跡(とうどんぐすく)という一番高い所に家を建てて、そこに生活するようになったんだが、その人が、「飲料水を早く出さなければならない。」と言って、自分の屋敷の下に洞穴があったから、洞穴を井戸にしようと、どんどんうちに掘り下げたところが、立派な水が出ておって、「もう立派な水だから、落成式は住民を集めて来てやろう。」と思っているところに、自分の島の宮古の親父の方から、「お姉さんが病気しておるから、宮古に帰って来
い。」ということで、急いで宮古に帰ったらしい。すると姉さんはとうとう亡くなられておって、入棺しようとする場合に、豊見親王は、宮古の家に着いたので、その掘ったばかりの井戸の水を持って来ておるから、その自分が竹富島から持って来た水で、姉さんの湯灌をしてまた皆にお茶も炊いてあげ、その翌日の墓にもその水を持っていったので、豊見親王は、この島に帰って来てから後にも、井戸の落成祝いはしないで、「最初の水を自分が葬式で使ったから、ここの井戸の水は葬式に使いなさい。」と言ったと伝えられて、竹富の人民は、それから、葬式の場合に、豊見親井戸(とぅんなーかー)の水を持って来て使って、葬式をやったと今ままでも伝えられております。
・豊見親王‥‥豊見親(とぅゆみやあ)のこと。一二世紀~一五世紀にかけての宮古島の豪族の呼称。
| レコード番号 | 47O200170 |
|---|---|
| CD番号 | 47O20C010 |
| 決定題名 | 豊見親井戸(方言) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 大山功 |
| 話者名かな | おおさんこう |
| 生年月日 | 18921025 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡竹富町字竹富 |
| 記録日 | 19750807 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 竹富町字竹富T39B4 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 沖国大国文学科平成8度卒業論文 竹富島の民話 p22 |
| キーワード | 水,宮古,葬式 |
| 梗概(こうがい) | 昔、港の方から、豊見親王という人が竹富に上がって来られて、竹富の豊見親城跡(とうどんぐすく)という一番高い所に家を建てて、そこに生活するようになったんだが、その人が、「飲料水を早く出さなければならない。」と言って、自分の屋敷の下に洞穴があったから、洞穴を井戸にしようと、どんどんうちに掘り下げたところが、立派な水が出ておって、「もう立派な水だから、落成式は住民を集めて来てやろう。」と思っているところに、自分の島の宮古の親父の方から、「お姉さんが病気しておるから、宮古に帰って来 い。」ということで、急いで宮古に帰ったらしい。すると姉さんはとうとう亡くなられておって、入棺しようとする場合に、豊見親王は、宮古の家に着いたので、その掘ったばかりの井戸の水を持って来ておるから、その自分が竹富島から持って来た水で、姉さんの湯灌をしてまた皆にお茶も炊いてあげ、その翌日の墓にもその水を持っていったので、豊見親王は、この島に帰って来てから後にも、井戸の落成祝いはしないで、「最初の水を自分が葬式で使ったから、ここの井戸の水は葬式に使いなさい。」と言ったと伝えられて、竹富の人民は、それから、葬式の場合に、豊見親井戸(とぅんなーかー)の水を持って来て使って、葬式をやったと今ままでも伝えられております。 ・豊見親王‥‥豊見親(とぅゆみやあ)のこと。一二世紀~一五世紀にかけての宮古島の豪族の呼称。 |
| 全体の記録時間数 | 2:08 |
| 物語の時間数 | 1:43 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |