鍛冶屋の願い(方言)

概要

もうこっちの人がもし一晩中に眠らんで、夜明かしの行事をした場合は、鍛冶屋の願いをしたっていうことがあったのであります。それは、なぜそういうことを言うたか申し上げます。これはです、昔は、その人間も動物と同類で、同じように毛が生えとったから、人間も動物としてやっておりますけれども、この動物と人間とのその区別をですね、こうして分けたのは、本当は鍛冶屋が、鉄でこのいろんな動物を使う道具や料理する道具を作ったから、それから自然に、やはり動物は動物として、人間に使われるようになり、食われるようになったって。もうそうなって、動物が人間に使われるようになったから、この動物連中はですね、一応、協議をするんですね。「ああ自分らは昔は、人間同様でありましたけれども、今日この鍛冶屋が発達した関係で、自分らはとうとうこの人間に使われるようになって食料になった。」というわけでね、あれら動物は、全部もう後悔するんですね。こうして、動物の連中が協議をして、「よし、それじゃあ、もうこの鍛冶屋の道具でもう我らの子供もやられるし、こうしていたら、全部いちころになってしまう。これは何とかして、我々がこの鍛冶屋を潰してやろう。ようし、旧の十一月七日の日には鍛冶屋を退治する。」とこの動物連中が決めたらね、神様がこれを聞いてまた、神様は、「これはどうしても人間に対して恵を与えてやらなければならん。」と思ってね、鍛冶屋とまたその部落の人間に、「十一月七日の日にはね、動物が鍛冶屋退治に来るから、あなたがたはね、その日は、ちゃあんとこの鍛冶屋をね、中に囲んでね、ちゃんと守れ。」と言うわけだね。それで、その十一月七日には、鍛冶屋を退治させんためにね、守るために、この夜の明けるまで全然眠らんで、鍛冶屋を守ったそうです。これはもしその時に、鍛冶屋がもう動物連中に退治されていたら、人間も動物も同じことになったか知らんと言うね。
 だから、十一月七日の鍛冶屋の願いには、もうあんなにしてね、夜の明けるまで全然自分は眠らんで、鍛冶屋を守るんだそうです。竹富でも、昔は七組の鍛冶屋の願いがあって、そのときには、本当に、皆が一晩眠らずに夜明してました。
・鍛冶屋の祝い‥‥夜通しふいご祭を行う。翌日は神司、部落の有志、鍛冶師の親戚たちが集まり、盛大に祝盃を上げる。旧暦の一一月七日が願日である。男の人が司で、鶏を丸ごと毛をはいでお供えした。道具を大事に、良い方に使いなさいという願いで行われる行事。現在は鍛冶師が石垣島に引っ越したため行われていない。

再生時間:2:56

民話詳細DATA

レコード番号 47O200064
CD番号 47O20C004
決定題名 鍛冶屋の願い(方言)
話者がつけた題名
話者名 前野長用
話者名かな まえのちょうよう
生年月日 18920404
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町字竹富
記録日 19750807
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字竹富T39A5
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 11
発句(ほっく) 昔の話
伝承事情
文字化資料 沖国大国文学科平成8度卒業論文 竹富島の民話 p24
キーワード 動物,食料,十一月七日
梗概(こうがい) もうこっちの人がもし一晩中に眠らんで、夜明かしの行事をした場合は、鍛冶屋の願いをしたっていうことがあったのであります。それは、なぜそういうことを言うたか申し上げます。これはです、昔は、その人間も動物と同類で、同じように毛が生えとったから、人間も動物としてやっておりますけれども、この動物と人間とのその区別をですね、こうして分けたのは、本当は鍛冶屋が、鉄でこのいろんな動物を使う道具や料理する道具を作ったから、それから自然に、やはり動物は動物として、人間に使われるようになり、食われるようになったって。もうそうなって、動物が人間に使われるようになったから、この動物連中はですね、一応、協議をするんですね。「ああ自分らは昔は、人間同様でありましたけれども、今日この鍛冶屋が発達した関係で、自分らはとうとうこの人間に使われるようになって食料になった。」というわけでね、あれら動物は、全部もう後悔するんですね。こうして、動物の連中が協議をして、「よし、それじゃあ、もうこの鍛冶屋の道具でもう我らの子供もやられるし、こうしていたら、全部いちころになってしまう。これは何とかして、我々がこの鍛冶屋を潰してやろう。ようし、旧の十一月七日の日には鍛冶屋を退治する。」とこの動物連中が決めたらね、神様がこれを聞いてまた、神様は、「これはどうしても人間に対して恵を与えてやらなければならん。」と思ってね、鍛冶屋とまたその部落の人間に、「十一月七日の日にはね、動物が鍛冶屋退治に来るから、あなたがたはね、その日は、ちゃあんとこの鍛冶屋をね、中に囲んでね、ちゃんと守れ。」と言うわけだね。それで、その十一月七日には、鍛冶屋を退治させんためにね、守るために、この夜の明けるまで全然眠らんで、鍛冶屋を守ったそうです。これはもしその時に、鍛冶屋がもう動物連中に退治されていたら、人間も動物も同じことになったか知らんと言うね。  だから、十一月七日の鍛冶屋の願いには、もうあんなにしてね、夜の明けるまで全然自分は眠らんで、鍛冶屋を守るんだそうです。竹富でも、昔は七組の鍛冶屋の願いがあって、そのときには、本当に、皆が一晩眠らずに夜明してました。 ・鍛冶屋の祝い‥‥夜通しふいご祭を行う。翌日は神司、部落の有志、鍛冶師の親戚たちが集まり、盛大に祝盃を上げる。旧暦の一一月七日が願日である。男の人が司で、鶏を丸ごと毛をはいでお供えした。道具を大事に、良い方に使いなさいという願いで行われる行事。現在は鍛冶師が石垣島に引っ越したため行われていない。
全体の記録時間数 3:21
物語の時間数 2:56
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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