加志のボントン岩(共通語)

概要

加砂辺では、その加志(かーし)のボントンが落ちたらですね、砂辺の一番美人の若い人が亡くなると言う伝説があるんですよ。今から九十年頃前の明治二年か三年ぐらいに、何者かにその岩が前に落とされたそうです。だから赤力黒力の歴史もそう古いのではないと思う。その岩を上げるのに女のイリガンと帯を使って引き上げたという話がある。あと一つは赤力黒力が当時の区長さんに頼んで一緒にあげたという話もある。それからその部落は美人が多く繁栄したという。全部部落の女の人のイリガンと帯を集めて、それで縄をつくって、部落の人達総出で、引っ張って上げたら、部落は繁盛したという話もあるわけさ。今も赤力黒力の五郎南(ぐんなん)という屋号の実家が砂辺の方にあるんです。そこの方に今八十九の新垣カマドさんというお婆さんが居ますけど、その方が去年このお話をしてたんですよ。ボントンって言う岩は、僕らも登りましたから僕らもよく覚えている。この岩の上の方(ほう)は、若い青年たちが五、六人ぐらい座れたというから、とっても大きかったですよ。ボントンっていう名は、旗竿の上に丸いのをこちらではボントンって言うんですけどね、そういう形してるからボントンって言うんじゃないかなあ。

再生時間:4:12

民話詳細DATA

レコード番号 47O419179
CD番号 47O41C472
決定題名 加志のボントン岩(共通語)
話者がつけた題名
話者名 与儀正仁
話者名かな よぎせいじん
生年月日 19321112
性別
出身地 北谷町宇砂辺
記録日 19961813
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 北谷町T24A14
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 加砂辺,美人の若い人,赤力黒力,イリガン,帯
梗概(こうがい) 加砂辺では、その加志(かーし)のボントンが落ちたらですね、砂辺の一番美人の若い人が亡くなると言う伝説があるんですよ。今から九十年頃前の明治二年か三年ぐらいに、何者かにその岩が前に落とされたそうです。だから赤力黒力の歴史もそう古いのではないと思う。その岩を上げるのに女のイリガンと帯を使って引き上げたという話がある。あと一つは赤力黒力が当時の区長さんに頼んで一緒にあげたという話もある。それからその部落は美人が多く繁栄したという。全部部落の女の人のイリガンと帯を集めて、それで縄をつくって、部落の人達総出で、引っ張って上げたら、部落は繁盛したという話もあるわけさ。今も赤力黒力の五郎南(ぐんなん)という屋号の実家が砂辺の方にあるんです。そこの方に今八十九の新垣カマドさんというお婆さんが居ますけど、その方が去年このお話をしてたんですよ。ボントンって言う岩は、僕らも登りましたから僕らもよく覚えている。この岩の上の方(ほう)は、若い青年たちが五、六人ぐらい座れたというから、とっても大きかったですよ。ボントンっていう名は、旗竿の上に丸いのをこちらではボントンって言うんですけどね、そういう形してるからボントンって言うんじゃないかなあ。
全体の記録時間数 4:15
物語の時間数 4:12
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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