
北谷長老という非常に立派な坊さんがおった。その北谷長老は、私がお嫁に来た玉代勢という今のキャンプ瑞慶覧の中に、木の生えた森があるんだよ。そこらへんが字玉代勢の住宅があって、そこに北谷長老は生まれたそうです。瞑想‥‥この北谷長老は偉い子どもだったらしい。あっちに川が流れていますでしょう。その橋の上の方の川の中に人のちょっと座れる石があるさ。小さい時からね、一人でそこに座って瞑想みたいなことをしておられたようで、小さい時から、何か物の考えをなさるような方だったそうです。それで小さい時から変わっていたもんですから、ある坊さんがこの子を本土に連れて行ったから、仙台の瑞巌寺ていう所で修行をされたんでしょう。その寺は仙台に今もあるはずよ。瑞巌寺でしらく修行してから帰りは京都にも行ったはず。北谷長老は修行してから沖縄に帰って首里の何とかいう寺に勤めていたんですが、自分の村の住民を感化しなければいけないというので、首里から北谷に乗り物も乗らないで歩いて来られたそうだ。その歩いて来られた時にはね、命を大事にした宗教家だったから小さな動物も命があるから踏んではいけないと言うことでね、蟻も踏まないようにしていらっしゃったそうだ。そして、私の家から三軒目の所にお寺を建てて、坊さんだから妻帯しないで一人で住まっておられる。今部隊の中の木の生えているところに北谷長老の碑がありますよ。まあ、これは本当か嘘かわからんけども伝え話にはね、「大変だ。中国のお寺が火事にあってるので消さないといけない。水を掛けよう。」って言ってね、自分の寺に玉代勢の水を掛けておられたっていうのを聞いたことがある。そうしてまた村の娘がね、那覇の街に買い物に行く時に、ちょっとお寺に寄ってね、「お坊さん、私は那覇に買い物に行きますが、何か買い物があったら、買ってきましょうか。」って言ったらね、「買い物は馬の角を買っておいで。」とおっしゃったって。結局、娘が帰ってきて、「買い物はない。」って言うのにね、「馬の角はないでしょう。」とそうおっしゃっていたって。それからね、こっちでは昔から模合小するでしょう。それで、「坊さん、模合小しませんか。」って誘ったらね、「はいはいするよ。」と言って、「ちゃっさぬーやが。」って言って、まあとにかく十銭か二十銭か、五十銭か分からんがねえ、とにかく集まって金を出して誰かが取るでしょ。その模合の当たった金は、みんなはそれでいろいろと金を増やして払っていくんですが、そしたら坊さんは、途中で当たったからね、その金をを坊さんは瓶に入れて使わないわけさ。そして、その後は模合小はその金で出して払うさ。坊さんだから欲はないからね、当たったものをそのまま壺に入れて、それから出してったら、結局最後に当たったら不足はないけど、途中で当たったら最後は不足する。それを坊さんだから、もう経済観念はないからねえ、最後には最後には足りなくなるでしょう。「今日は模合ですよ、出して下さい。」と言ったら、「もうお金は無くなっているのになあ。」と言ったそうです。経済観念もなくてとにかく仏教だけが本職だということですね。
| レコード番号 | 47O419064 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C467 |
| 決定題名 | 北谷長老(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 照屋ヒデ |
| 話者名かな | てるやひで |
| 生年月日 | 19100223 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 北谷町 |
| 記録日 | 19960814 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 北谷町T20A02 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 北谷長老,立派な坊さん,玉代勢,偉い子ども,仙台の瑞巌寺,蟻も踏まない,那覇の街に買い物,馬の角,模合,中国の寺が火事 |
| 梗概(こうがい) | 北谷長老という非常に立派な坊さんがおった。その北谷長老は、私がお嫁に来た玉代勢という今のキャンプ瑞慶覧の中に、木の生えた森があるんだよ。そこらへんが字玉代勢の住宅があって、そこに北谷長老は生まれたそうです。瞑想‥‥この北谷長老は偉い子どもだったらしい。あっちに川が流れていますでしょう。その橋の上の方の川の中に人のちょっと座れる石があるさ。小さい時からね、一人でそこに座って瞑想みたいなことをしておられたようで、小さい時から、何か物の考えをなさるような方だったそうです。それで小さい時から変わっていたもんですから、ある坊さんがこの子を本土に連れて行ったから、仙台の瑞巌寺ていう所で修行をされたんでしょう。その寺は仙台に今もあるはずよ。瑞巌寺でしらく修行してから帰りは京都にも行ったはず。北谷長老は修行してから沖縄に帰って首里の何とかいう寺に勤めていたんですが、自分の村の住民を感化しなければいけないというので、首里から北谷に乗り物も乗らないで歩いて来られたそうだ。その歩いて来られた時にはね、命を大事にした宗教家だったから小さな動物も命があるから踏んではいけないと言うことでね、蟻も踏まないようにしていらっしゃったそうだ。そして、私の家から三軒目の所にお寺を建てて、坊さんだから妻帯しないで一人で住まっておられる。今部隊の中の木の生えているところに北谷長老の碑がありますよ。まあ、これは本当か嘘かわからんけども伝え話にはね、「大変だ。中国のお寺が火事にあってるので消さないといけない。水を掛けよう。」って言ってね、自分の寺に玉代勢の水を掛けておられたっていうのを聞いたことがある。そうしてまた村の娘がね、那覇の街に買い物に行く時に、ちょっとお寺に寄ってね、「お坊さん、私は那覇に買い物に行きますが、何か買い物があったら、買ってきましょうか。」って言ったらね、「買い物は馬の角を買っておいで。」とおっしゃったって。結局、娘が帰ってきて、「買い物はない。」って言うのにね、「馬の角はないでしょう。」とそうおっしゃっていたって。それからね、こっちでは昔から模合小するでしょう。それで、「坊さん、模合小しませんか。」って誘ったらね、「はいはいするよ。」と言って、「ちゃっさぬーやが。」って言って、まあとにかく十銭か二十銭か、五十銭か分からんがねえ、とにかく集まって金を出して誰かが取るでしょ。その模合の当たった金は、みんなはそれでいろいろと金を増やして払っていくんですが、そしたら坊さんは、途中で当たったからね、その金をを坊さんは瓶に入れて使わないわけさ。そして、その後は模合小はその金で出して払うさ。坊さんだから欲はないからね、当たったものをそのまま壺に入れて、それから出してったら、結局最後に当たったら不足はないけど、途中で当たったら最後は不足する。それを坊さんだから、もう経済観念はないからねえ、最後には最後には足りなくなるでしょう。「今日は模合ですよ、出して下さい。」と言ったら、「もうお金は無くなっているのになあ。」と言ったそうです。経済観念もなくてとにかく仏教だけが本職だということですね。 |
| 全体の記録時間数 | 8:06 |
| 物語の時間数 | 7:58 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |