米寿祝由来(方言)

概要

〔方言原話〕 米寿祝(とーかちゆーえー)ぬ話ぬ、昔(んかし)あるとぅくまんかい、子供達(くゎぬちゃー)八人産(な)ちぇーみせーる親達(うやぬちゃー)二人(たとぅくる)めんしぇーたんでぃしが、うぬ子供達(くゎぬちゃー)や、若さるうちうってぃ、一人(ちゅい)ぬなー、一人(ちゅい)なーけーまーち、八番目(はちばんみー)ぬ子供(くゎん)、なー、十八なとーしが、うりんちゅー病気(やんめー)かっやーなかい、なー、うぬ病気(やんめー)んかい、持(む)ち負きてぃ行ちーねー、子供達(くゎぬちゃー)や八人産(な)ちん、一人(ちゅい)ん、私達(わったー)後(あとぅ)見(んー)ちとぅらする、子供(くゎー)残(ぬく)らんさーやーんち、うぬ母親(いなぐぬうやー)、山はい、畑(はる)はい、薬ないる木、草、探(とぅめー)いがんち、毎日(めーにち)通(かわ)とーしが、ある時(とぅち)、山ぬ神様んかい出会(いちゃ)てぃさくとぅ、「あぬー、山ぬ神様、私達(わったー)や八人子供達(くゎぬちゃー)産(な)ちゃーしが、、なー七人までぃー、若さいにうしなてぃ居(う)らん、残(ぬく)とーる子供(くゎー)十八なとーしが、なー、うりん、ちゅー病気(やんめー)かってぃ、今日(ちゅー)がやら、、明日(あちゃー)がやらし、毎日(めーにち)薬ないし探(かめー)てぃ歩(あっ)ち、煎(しん)じてぃ飲(ぬ)まちん、てぃーちんましぇーないびらんしが、ちゃーされーわたさいびーがやー。」んち、山ぬ神様んかい尋(たじゅ)にたさくとぅ、山ぬ神様ぬ、「とー、何月何日(いちぬいっか)、子方向(にーぬふぁ)ぬ御星(みふし)とぅ、午方向(んまぬふぁ)ぬ御星(みふし)ぬ、くぬ山んかい囲碁(ぐー)打ちーがめんせーくとぅ、うんにんにやーや、御馳走(くゎっち)作(ちこ)やーなかい、うぬ囲碁(ぐー)打ちみせーる側(すば)んかい酒(さき)ん添(しー)てぃー一緒(まじゅん)うさぎとーてぃ、うさがみそーらわー、やー、『子供(くゎ)ぬ命(ぬち)なーひん延(ぬ)ばちくぃみそーり。』んち御願(うにげー)せーは、あんせー聞(ち)ちくぃみせーさ。」んち、教(なら)しみそーちゃくとぅ、うぬ母親(いなぐぬうやー)、うぬ日(ふぃ)なたくとぅ、重箱(じゅうはく)ぬ一杯(みー)御馳走(くゎっち)作(しこー)てぃ、酒(さき)ん添(しー)てぃ持(む)っち行(いん)じゃくとぅ、御二方(たとぅくるー)はまい囲碁(ぐー)打っちょーみせーん。御二方(たとぅくるー)ぬ側(すば)んかい、持(む)っち行(いん)じゃーに置(う)ちちさくとぅ、子方向(にーぬふぁ)ぬ御星(みふし)ん、午方向(んまぬふぁ)ぬ御星(みふし)ん、囲碁(ぐー)や打っちゃがなー、うぬ御馳走(くゎっちー)取(とぅ)ってー食(か)みかみ、取(とぅ)ってー食(か)みかみ、酒(さき)ん注(ち)ぢぇー飲(ぬ)み、飲(ぬ)みさーに、全部(むる)うさがてぃ、酒(さき)ん全部(むる)うち飲(ぬ)でぃねーらんなたくとぅ、うぬ母親(いなぐぬうやー)ぬ、「実(じちぇー)なー、私達(わったー)や、かんかんぬ次第(しでぇー)し、八人ぬ子供達(くゎぬちゃー)七人までぃうしなてぃ、八番目(はちばんみー)んなー、今日(ちゅーい)い、明日(あちゃー)いやしが、むしかしーねー、私達(わったー)後(あとぅ)見(んー)ちとぅらする子(くゎー)一人(ちゅい)ん残(ぬく)いびーんくとぅ、ちゃーがなーし、くりが命(ぬち)延(ぬ)ばちくぃみそーり。」んち、話しーうなきたくとぅ、子方向(にーぬふぁ)ぬ御星(みふし)ぬ、「ああ、くれーなー天(てぃん)ぬ帳簿(ちょーぶ)んかい書ち込(く)まってるうくとぅやー、なーうっさぬ生(ん)まりやたんでぃ思(うむ)てぃ安んじれーやー。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、今度(くんどー)午方向(んまぬふぁ)ぬ御星(みふし)ぬ、「いぇー子方向(にーぬふぁ)、やーや、他人(ちゅ)の御馳走(くゎっちー)他人(ちゅ)ぬのてぃでーや食(か)どーてぃ、神ぬ名(なー)立っち、なーくれー、やーん私(わん)にん神るやしが、あぬー、恩義忘却(うんぢぼーちゃく)ぬ神やっさーんでぃ言(いゃ)ってーなー、くれー面目(たむちぇー)ねーらんくとぅ、ちゃーがなしはるなえーさに、やーや恩義忘却(うんぢぼーちゃく)ぬ神ないみ。」んでぃ、言(い)みそーちゃくとぅ、子方向(にーぬふぁ)ぬ御星(みふせー)、「ああ、うれーいふぇー考(かんげー)りはるやっさーやー、あんせー八人居(う)てぃーれー、八(やー)ちー延(ぬ)ばせー。」んち、子方向(にーぬふぁ)ぬ御星(みふし)ん合点(がってぃん)しみそーちゃくとぅ、母親(いなぐぬうやー)、「うー、いっぺーにふぇーでーびる。」んち、御礼(ぐりー)し帰(けー)いがちーなー、今度(くんどー)山ぬ神様出会(いちゃ)てぃさくとぅ、「ちゃーやたが。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、「うー、あぬー八(やー)ちぇー延(ぬ)ばちくぃみせーんち二方(たとぅくる)納得(なっとぅく)そーみせーん。」でぃち、話(はな)いうなきたくとぅ、「八(やー)ち延(ぬ)ばすんー、あんしーねー、いったー子(くゎ)十八なとーせーや、八(やー)ち延(ぬ)ばしーねー、下(しちゃ)んかい延(ぬ)ばちぇーくれー具合(たむ)ちぇーねーらん。」ちゃーし延(ぬ)ばすがんでぃる事(くとぅ)んかいなたくとぅ、「とー、あんせーなー、上(うぃ)んかい延(ぬ)ばせー。」んでぃ言(い)みそーしやーなかい、うぬ山ぬ神様(かみさまー)見いらんなってぃさくとぅ、母親(いなぐぬうやー)、「うー。」んでぃ言(い)ち、前(めー)見(んー)ちゃくとぅ、山ぬ神様(かみさまー)見(みー)みそーらんなってぃさくとぅ、母親(いなぐぬうやー)家(やー)かい行(いん)ぢ、「とー、くれーうゎーびんかい八(やー)ち延(ぬ)ばせー。」んでぃ言(い)みせーたしが、んち考(かんげー)たくとぅ、八十八、とー、くれー神様ぬくぃーてーみせーせー、八十八んでぃる事(ばー)やさやーんち、山ぬ神から教(ならー)さってーる八十八んでぃる事(ばー)やさやーんちさくとぅ、うぬ子(くゎー)八十八までぃ健在(がんじゅー)やたんでぃ。あんさーに、神様とぅ出会(いちぇ)たる山(やまー)、「カチ山。〕んでぃる山やくとぅ、んまうてぃ、神様ぬ、「とー、あんすらー、うゎーびんかい延(ぬ)ばせー。」んでぃ言(い)みそーやーなかい、見(みー)らんなとーみせーくとぅ、うぬトーとぅ、カチ山ぬカチさーに、「トーカチ。」なとーんでぃ。あんし、カチ山んでぃる山(やまー)今(なま)ん有ん、また別(びち)にん、「トーカチ。」ぬ話いやあしが、私(わん)ねーうりる本当(ふんとー)あらんがやーんでぃ思(うむ)いん。外(ふ)ぬ「トーカチェー。」ちょーばぬんでー碗(まかい)んでーんかい、水(みじ)ぬみっちゃかいにん、「トーカチ。」なとーんでぃ言(いゅ)ん。〔共通語訳〕 米寿(八十八才)祝の話。昔、或る処に、子供達、八人産んだ、二人の親達が居られましたが、其の子供達は若いうちに、次から次と、若死してしまい。八番目の子供も、もう十八才になっているのですが、其の子も、重い病氣に罹、もう此の子が若し、病氣に持負けて行ったら。子供達は、八人産んでも、一人も私達の後の面倒を見てくれる子供は残らない様になる、と、思い。其の母親は、山や、草原に行き、薬になる木や草を探しに、毎日通っているのです。すると、或る時、山の神様に出会まと「あのー山の神様、私達は八人の子供を産みましたが、七人迄は若い中に亡なって居りません。残っている子も、十八才になっておりますが、重い病氣に罹り、今日、明日もしれない状態で、毎日、薬になる、木や草を探して、煎じて飲ましても一向に善くなりませんが、如何にしたらよろしいのでしょうか」と山の神様に尋ねますと、山の神様は、「そうか。それでは、何月、何日。子方向の御星様と、午方向の御星様が此の山に、囲碁を打ちに、いらっしゃるから、其の時貴方は、御馳走を作って、其の碁を打ちいる側に酒も添えて一緒に差上げておきなさい。全部召上られたら、貴方は、子供の命を延ばして下さいと御願いしなさい。そうすると、聞いて下さるよ」と教えて下さいました。其の母親は、其の日になると、重箱に一杯、御馳走を詰、酒も添えて持って行きますと、御二方一生懸命囲碁を打っています、其の側に持って行って置きますと、子方向の御星様も午方向の御星様も、囲碁を打ちながら、其の御馳走を取っては食べ、又、取っては食べ。酒も注いでは飲み、注いでは飲み。御馳走も全部召上られ、お酒も全部飲み干されたので、其の母親は「実はもう私達は、此の様な事で、八人の子供達、七人迄は亡ってしまい。八人目も。今日、明日をも知れぬ重病ですが、若しかしたら、私達の後の面倒を見てくれる子は、一人も残らなくなってしまいますから、何とかして、此の子の命を延ばして下さい」とお願い申し上げますと、子方向の御星様は、「あーそれはもうー、天に帳簿にチャンと書き込まれているから、もう其れだけの運命だと諦めて、安じなさい」と、申されますと、此度は午方向の御星様が、「おい、子方向、貴殿は他人の御馳走、他人の差出しは食べていながら、神の名を付けて、もう此れは、貴殿も私も神であるが、あのー、恩不知の神だなー、と言はれると具合が悪いから。何とかしなければいけないのではないか。貴殿は恩不知の神になりますか」と申されますと、「あー、それは少し考えなければいけないね。それでは、八人居たならば、八つ延ばしなさい。」と。子方向の御星様も合意されましたので、母親は「はい、大変有難うございました」と、申し上げての帰り道、其の母親は、山の神様に出会いました。そうすると、山の神様が「どうだったか」と申されましたので。「はい、あのー、八つは延ばして下さると、御二方納得されました」とお話し申し上げますと、「八つ延すんだねえー」、そうすると、貴女の子は十八才になっているねえー、八つ延すとなると、下に延しては具合が悪い。」どうして延すかと言う事になって、最後は「トォー、其れでは、上の方に延しなさい。」と申されて、其の山の神様の姿が見えなくなりました。すると、其の母親は「はい」と返事して前の方を見ますと、山の神様の姿が見えませんでしたので、母親は家に帰って行き、「トォー、此れは上の方に八つ延しなさい」と申されたのだが、と、いろいろ考えていますと、八十八才。此れは神様が授けて下さったのは、八十八才、と、言う意味だったのだなー、と、悟り、山の神様から教はった、八十八才と、言う事だったのだなー、と、思い付きました。其して、其の子は八十八才迄、健在だったそうです。それで、神様に出会った山が、「カチ山」なので、又、其処で神様が、「トォー、其れでは上の方に延しなさい」と申されて、見えなくなられたので。其のトォーと、カチ山のカチを取って二つで「トーカチ」となっていると言う話。尚其のカチ山は今も有る。又、別にも「トォーカチ」の話しはあるが、私は此れが本当ではないかと思う。外に「トォーカチ」と言うのは、廾やお碗に水や米等を入れて、満杯(上の 一杯)にする事が「トォーカチ」と言う。平成9年2月17日 高江洲亮・赤嶺素花女翻字 T1A5

再生時間:5:37

民話詳細DATA

レコード番号 47O170003
CD番号 47O17C001
決定題名 米寿祝由来(方言)
話者がつけた題名 米寿祝由来(トーカチユーエー)
話者名 阿波根昌栄
話者名かな あはごんしょうえい
生年月日 19210309
性別
出身地 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭
記録日 19970217
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T01A05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 12,80
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 『想い出の昔話』
キーワード 山の神,子方星,午方星,囲碁,寿命延ばし,斗
梗概(こうがい) 〔方言原話〕 米寿祝(とーかちゆーえー)ぬ話ぬ、昔(んかし)あるとぅくまんかい、子供達(くゎぬちゃー)八人産(な)ちぇーみせーる親達(うやぬちゃー)二人(たとぅくる)めんしぇーたんでぃしが、うぬ子供達(くゎぬちゃー)や、若さるうちうってぃ、一人(ちゅい)ぬなー、一人(ちゅい)なーけーまーち、八番目(はちばんみー)ぬ子供(くゎん)、なー、十八なとーしが、うりんちゅー病気(やんめー)かっやーなかい、なー、うぬ病気(やんめー)んかい、持(む)ち負きてぃ行ちーねー、子供達(くゎぬちゃー)や八人産(な)ちん、一人(ちゅい)ん、私達(わったー)後(あとぅ)見(んー)ちとぅらする、子供(くゎー)残(ぬく)らんさーやーんち、うぬ母親(いなぐぬうやー)、山はい、畑(はる)はい、薬ないる木、草、探(とぅめー)いがんち、毎日(めーにち)通(かわ)とーしが、ある時(とぅち)、山ぬ神様んかい出会(いちゃ)てぃさくとぅ、「あぬー、山ぬ神様、私達(わったー)や八人子供達(くゎぬちゃー)産(な)ちゃーしが、、なー七人までぃー、若さいにうしなてぃ居(う)らん、残(ぬく)とーる子供(くゎー)十八なとーしが、なー、うりん、ちゅー病気(やんめー)かってぃ、今日(ちゅー)がやら、、明日(あちゃー)がやらし、毎日(めーにち)薬ないし探(かめー)てぃ歩(あっ)ち、煎(しん)じてぃ飲(ぬ)まちん、てぃーちんましぇーないびらんしが、ちゃーされーわたさいびーがやー。」んち、山ぬ神様んかい尋(たじゅ)にたさくとぅ、山ぬ神様ぬ、「とー、何月何日(いちぬいっか)、子方向(にーぬふぁ)ぬ御星(みふし)とぅ、午方向(んまぬふぁ)ぬ御星(みふし)ぬ、くぬ山んかい囲碁(ぐー)打ちーがめんせーくとぅ、うんにんにやーや、御馳走(くゎっち)作(ちこ)やーなかい、うぬ囲碁(ぐー)打ちみせーる側(すば)んかい酒(さき)ん添(しー)てぃー一緒(まじゅん)うさぎとーてぃ、うさがみそーらわー、やー、『子供(くゎ)ぬ命(ぬち)なーひん延(ぬ)ばちくぃみそーり。』んち御願(うにげー)せーは、あんせー聞(ち)ちくぃみせーさ。」んち、教(なら)しみそーちゃくとぅ、うぬ母親(いなぐぬうやー)、うぬ日(ふぃ)なたくとぅ、重箱(じゅうはく)ぬ一杯(みー)御馳走(くゎっち)作(しこー)てぃ、酒(さき)ん添(しー)てぃ持(む)っち行(いん)じゃくとぅ、御二方(たとぅくるー)はまい囲碁(ぐー)打っちょーみせーん。御二方(たとぅくるー)ぬ側(すば)んかい、持(む)っち行(いん)じゃーに置(う)ちちさくとぅ、子方向(にーぬふぁ)ぬ御星(みふし)ん、午方向(んまぬふぁ)ぬ御星(みふし)ん、囲碁(ぐー)や打っちゃがなー、うぬ御馳走(くゎっちー)取(とぅ)ってー食(か)みかみ、取(とぅ)ってー食(か)みかみ、酒(さき)ん注(ち)ぢぇー飲(ぬ)み、飲(ぬ)みさーに、全部(むる)うさがてぃ、酒(さき)ん全部(むる)うち飲(ぬ)でぃねーらんなたくとぅ、うぬ母親(いなぐぬうやー)ぬ、「実(じちぇー)なー、私達(わったー)や、かんかんぬ次第(しでぇー)し、八人ぬ子供達(くゎぬちゃー)七人までぃうしなてぃ、八番目(はちばんみー)んなー、今日(ちゅーい)い、明日(あちゃー)いやしが、むしかしーねー、私達(わったー)後(あとぅ)見(んー)ちとぅらする子(くゎー)一人(ちゅい)ん残(ぬく)いびーんくとぅ、ちゃーがなーし、くりが命(ぬち)延(ぬ)ばちくぃみそーり。」んち、話しーうなきたくとぅ、子方向(にーぬふぁ)ぬ御星(みふし)ぬ、「ああ、くれーなー天(てぃん)ぬ帳簿(ちょーぶ)んかい書ち込(く)まってるうくとぅやー、なーうっさぬ生(ん)まりやたんでぃ思(うむ)てぃ安んじれーやー。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、今度(くんどー)午方向(んまぬふぁ)ぬ御星(みふし)ぬ、「いぇー子方向(にーぬふぁ)、やーや、他人(ちゅ)の御馳走(くゎっちー)他人(ちゅ)ぬのてぃでーや食(か)どーてぃ、神ぬ名(なー)立っち、なーくれー、やーん私(わん)にん神るやしが、あぬー、恩義忘却(うんぢぼーちゃく)ぬ神やっさーんでぃ言(いゃ)ってーなー、くれー面目(たむちぇー)ねーらんくとぅ、ちゃーがなしはるなえーさに、やーや恩義忘却(うんぢぼーちゃく)ぬ神ないみ。」んでぃ、言(い)みそーちゃくとぅ、子方向(にーぬふぁ)ぬ御星(みふせー)、「ああ、うれーいふぇー考(かんげー)りはるやっさーやー、あんせー八人居(う)てぃーれー、八(やー)ちー延(ぬ)ばせー。」んち、子方向(にーぬふぁ)ぬ御星(みふし)ん合点(がってぃん)しみそーちゃくとぅ、母親(いなぐぬうやー)、「うー、いっぺーにふぇーでーびる。」んち、御礼(ぐりー)し帰(けー)いがちーなー、今度(くんどー)山ぬ神様出会(いちゃ)てぃさくとぅ、「ちゃーやたが。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、「うー、あぬー八(やー)ちぇー延(ぬ)ばちくぃみせーんち二方(たとぅくる)納得(なっとぅく)そーみせーん。」でぃち、話(はな)いうなきたくとぅ、「八(やー)ち延(ぬ)ばすんー、あんしーねー、いったー子(くゎ)十八なとーせーや、八(やー)ち延(ぬ)ばしーねー、下(しちゃ)んかい延(ぬ)ばちぇーくれー具合(たむ)ちぇーねーらん。」ちゃーし延(ぬ)ばすがんでぃる事(くとぅ)んかいなたくとぅ、「とー、あんせーなー、上(うぃ)んかい延(ぬ)ばせー。」んでぃ言(い)みそーしやーなかい、うぬ山ぬ神様(かみさまー)見いらんなってぃさくとぅ、母親(いなぐぬうやー)、「うー。」んでぃ言(い)ち、前(めー)見(んー)ちゃくとぅ、山ぬ神様(かみさまー)見(みー)みそーらんなってぃさくとぅ、母親(いなぐぬうやー)家(やー)かい行(いん)ぢ、「とー、くれーうゎーびんかい八(やー)ち延(ぬ)ばせー。」んでぃ言(い)みせーたしが、んち考(かんげー)たくとぅ、八十八、とー、くれー神様ぬくぃーてーみせーせー、八十八んでぃる事(ばー)やさやーんち、山ぬ神から教(ならー)さってーる八十八んでぃる事(ばー)やさやーんちさくとぅ、うぬ子(くゎー)八十八までぃ健在(がんじゅー)やたんでぃ。あんさーに、神様とぅ出会(いちぇ)たる山(やまー)、「カチ山。〕んでぃる山やくとぅ、んまうてぃ、神様ぬ、「とー、あんすらー、うゎーびんかい延(ぬ)ばせー。」んでぃ言(い)みそーやーなかい、見(みー)らんなとーみせーくとぅ、うぬトーとぅ、カチ山ぬカチさーに、「トーカチ。」なとーんでぃ。あんし、カチ山んでぃる山(やまー)今(なま)ん有ん、また別(びち)にん、「トーカチ。」ぬ話いやあしが、私(わん)ねーうりる本当(ふんとー)あらんがやーんでぃ思(うむ)いん。外(ふ)ぬ「トーカチェー。」ちょーばぬんでー碗(まかい)んでーんかい、水(みじ)ぬみっちゃかいにん、「トーカチ。」なとーんでぃ言(いゅ)ん。〔共通語訳〕 米寿(八十八才)祝の話。昔、或る処に、子供達、八人産んだ、二人の親達が居られましたが、其の子供達は若いうちに、次から次と、若死してしまい。八番目の子供も、もう十八才になっているのですが、其の子も、重い病氣に罹、もう此の子が若し、病氣に持負けて行ったら。子供達は、八人産んでも、一人も私達の後の面倒を見てくれる子供は残らない様になる、と、思い。其の母親は、山や、草原に行き、薬になる木や草を探しに、毎日通っているのです。すると、或る時、山の神様に出会まと「あのー山の神様、私達は八人の子供を産みましたが、七人迄は若い中に亡なって居りません。残っている子も、十八才になっておりますが、重い病氣に罹り、今日、明日もしれない状態で、毎日、薬になる、木や草を探して、煎じて飲ましても一向に善くなりませんが、如何にしたらよろしいのでしょうか」と山の神様に尋ねますと、山の神様は、「そうか。それでは、何月、何日。子方向の御星様と、午方向の御星様が此の山に、囲碁を打ちに、いらっしゃるから、其の時貴方は、御馳走を作って、其の碁を打ちいる側に酒も添えて一緒に差上げておきなさい。全部召上られたら、貴方は、子供の命を延ばして下さいと御願いしなさい。そうすると、聞いて下さるよ」と教えて下さいました。其の母親は、其の日になると、重箱に一杯、御馳走を詰、酒も添えて持って行きますと、御二方一生懸命囲碁を打っています、其の側に持って行って置きますと、子方向の御星様も午方向の御星様も、囲碁を打ちながら、其の御馳走を取っては食べ、又、取っては食べ。酒も注いでは飲み、注いでは飲み。御馳走も全部召上られ、お酒も全部飲み干されたので、其の母親は「実はもう私達は、此の様な事で、八人の子供達、七人迄は亡ってしまい。八人目も。今日、明日をも知れぬ重病ですが、若しかしたら、私達の後の面倒を見てくれる子は、一人も残らなくなってしまいますから、何とかして、此の子の命を延ばして下さい」とお願い申し上げますと、子方向の御星様は、「あーそれはもうー、天に帳簿にチャンと書き込まれているから、もう其れだけの運命だと諦めて、安じなさい」と、申されますと、此度は午方向の御星様が、「おい、子方向、貴殿は他人の御馳走、他人の差出しは食べていながら、神の名を付けて、もう此れは、貴殿も私も神であるが、あのー、恩不知の神だなー、と言はれると具合が悪いから。何とかしなければいけないのではないか。貴殿は恩不知の神になりますか」と申されますと、「あー、それは少し考えなければいけないね。それでは、八人居たならば、八つ延ばしなさい。」と。子方向の御星様も合意されましたので、母親は「はい、大変有難うございました」と、申し上げての帰り道、其の母親は、山の神様に出会いました。そうすると、山の神様が「どうだったか」と申されましたので。「はい、あのー、八つは延ばして下さると、御二方納得されました」とお話し申し上げますと、「八つ延すんだねえー」、そうすると、貴女の子は十八才になっているねえー、八つ延すとなると、下に延しては具合が悪い。」どうして延すかと言う事になって、最後は「トォー、其れでは、上の方に延しなさい。」と申されて、其の山の神様の姿が見えなくなりました。すると、其の母親は「はい」と返事して前の方を見ますと、山の神様の姿が見えませんでしたので、母親は家に帰って行き、「トォー、此れは上の方に八つ延しなさい」と申されたのだが、と、いろいろ考えていますと、八十八才。此れは神様が授けて下さったのは、八十八才、と、言う意味だったのだなー、と、悟り、山の神様から教はった、八十八才と、言う事だったのだなー、と、思い付きました。其して、其の子は八十八才迄、健在だったそうです。それで、神様に出会った山が、「カチ山」なので、又、其処で神様が、「トォー、其れでは上の方に延しなさい」と申されて、見えなくなられたので。其のトォーと、カチ山のカチを取って二つで「トーカチ」となっていると言う話。尚其のカチ山は今も有る。又、別にも「トォーカチ」の話しはあるが、私は此れが本当ではないかと思う。外に「トォーカチ」と言うのは、廾やお碗に水や米等を入れて、満杯(上の 一杯)にする事が「トォーカチ」と言う。平成9年2月17日 高江洲亮・赤嶺素花女翻字 T1A5
全体の記録時間数 5:37
物語の時間数 5:37
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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