尚宣威と尚真王(共通語)

概要

だから、くぬ、尚真でも、尚、えっ、尚円王でも、尚真王の子だからね、この尚真王が相当のお母さんを知識も強い、度胸も強い人だからね、ユスイ御殿、この方が、一応まだ若いから、このときに尚円が亡くなったから、急に王、かか、いなかったりいかないと言ってね、自分の弟にさせれとゆうさ。
 尚宣、尚宣威に、宣威ともう後から、尚を付けてね、尚宣威になるわけさぁ。あっちから来たときは、宣威だったね、宣威。後から尚、尚円も、第一尚氏の尚を貰ってね、尚徳の尚を貰って、中国にね、皇帝に、尚徳王の子(くゎ)でやいびぃんどぉ、本当は血統は変わるが、いち、これ変わるがね、尚徳王の子(くゎ)でやいびぃんどぉ、うぬ、尚円、尚円でぃせぇ、でぃちよ、報告して、皇帝に、い、ゆうた。あんしぇ、うぬまま、しむさと言って、このまま第一尚氏もね、第二尚氏も尚は同しになってるわけさぁ。そうしてこの弟も尚円が、まっ、亡くなって、ある程度、もうこのまま王は亡くなったらいかないと言って、王がいなかったらいかないと言ってね、自分の、お、弟に、まっ、文士の方々が、もうな、この尚円王も亡くなっているから、文士の方々りぃ、弟んかいしみとぅかにち、ゆうて、尚、宣威にさせてぃ、これが尚宣威になるわけさぁ。六ヵ月くらいやっているだろう、国王の座は、このときに、ユスイ御殿は、これ、このまま実行して国王させたら、うちが生んだ尚真は王の位には出来ないから、これ困ると言って、考えをもう作成したわけさぁ。これもう非常に、知識も強い、ユスイ御殿だから、尚真王のお母さんだから、そのときに、尚真王まだ若い、まだ若いからね、そして、もうお母さんがももう尚真王王の位立っても、お母さんがかばっているわけさぁね。かばって、これが、もう成長になったら、相当の強い国王になるわけさぁ。そうして、お父さん、また、第一尚氏の、まぁ、尚金福王、尚泰久王、しどぅにやぁ、この兄弟分が王争いしたとき、また、あるいは、護佐丸の阿麻和利ぬ、うぬ、これもあったし、地方にはこんなもんが沢山あったから、今後こんなものを、なく、ないようにして、考えて一応本当の、琉球国王、力強い国王になろうと言ってね、尚宣も成長やってからね、立派の、政治の、やり方を考えて、そして、このときに、まぁ、島尻、中頭、国頭の各按司(あんじ)が沢山いるからね、これを地方試験こっちに首里にね、皆まとめて、これをまとめたら、もう地方には、按司はいないから、あぁもう地方の農民は安定に、農業やる、稲、粟、立派に豊富にできるから、そうして、琉球国も発展するから、これも一石二鳥だからね、これにやると言って決めて、尚真王は地方試験に、取り組むわけさぁ。そうして、このときに、尚真のときに、各間切りの按司(あんじ)は、間切りの親(うや)、親(うや)、親(うや)、親(うや)、全琉の大物の親(うや)は首里国王だからね、大物の親のところに各間切りの親々は、集権、集めて、地方試験と言って、集めてね、首里(しゅい)親国(えぇぐに)とゆう名前が付(ちゅ)くわけさぁ。首里(しゅい)ぬ一番大きな親のところに各間切りの親々を、集、集めて、首里(しゅい)親国(えぇぐん)、御殿親国(えぇぐん)と言ってね、王の、王は、王の次男、三男にには、王子だからね、王子、そして王子の、長男には按司加那志とゆうわけさぁ、按司(あんじ)加那志、昔は尚真王、ずっと以前は、王の、次男、三男は、王に、間切りをね、ま、貰って、あぁ、ちゅじゅ、間切りの、名前を貰いおったわけさぁ。だから、えぇっと、中城御殿の名前は、これは、今の中城ね、あっ、中城の伊舎堂、伊舎堂を貰ってきてあるわけさぁね、中城城址の、こっちの、しし、道の下に、伊舎堂を貰って、これが本当の中城村、この部落前、全体にあたる中城村を、中城王子にね、名前を付(ちゅ)けてからね、この国王の長男には、黄金(くがね)加那志と言うか、尚質からこの間切(じ)りを貰っているからね、中城御殿と言って名が付くわけさぁ。だから、この、この元の中城村はね、これ、国王のもうあげているからね、こうしてはいかないから、国王の名前をこのまま、おつ、あげてぇるから、伊舎堂とゆう名前に、付(ちゅ)い、付(ちゅ)いたらしい、伊舎堂村。

再生時間:5:44

民話詳細DATA

レコード番号 47O378753
CD番号 47O37C366
決定題名 尚宣威と尚真王(共通語)
話者がつけた題名
話者名 大城紀浩
話者名かな おおしろきこう
生年月日 19311230
性別
出身地 南風原町津嘉山
記録日 19910825
記録者の所属組織 南風原町口承文芸調査団
元テープ番号 南風原町T146B03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 尚真,尚円王,ユスイ御殿,尚宣威,第一尚氏,尚徳,中国,皇帝,尚徳王の子,第二尚氏,ユスイ御殿,尚金福王,尚泰久王,王争い,護佐丸,阿麻和利,、琉球国王,力強い国王,各間切りの按司,間切りの親,地方試験,中城御殿,中城の伊舎堂,中城城址,中城王子
梗概(こうがい) だから、くぬ、尚真でも、尚、えっ、尚円王でも、尚真王の子だからね、この尚真王が相当のお母さんを知識も強い、度胸も強い人だからね、ユスイ御殿、この方が、一応まだ若いから、このときに尚円が亡くなったから、急に王、かか、いなかったりいかないと言ってね、自分の弟にさせれとゆうさ。  尚宣、尚宣威に、宣威ともう後から、尚を付けてね、尚宣威になるわけさぁ。あっちから来たときは、宣威だったね、宣威。後から尚、尚円も、第一尚氏の尚を貰ってね、尚徳の尚を貰って、中国にね、皇帝に、尚徳王の子(くゎ)でやいびぃんどぉ、本当は血統は変わるが、いち、これ変わるがね、尚徳王の子(くゎ)でやいびぃんどぉ、うぬ、尚円、尚円でぃせぇ、でぃちよ、報告して、皇帝に、い、ゆうた。あんしぇ、うぬまま、しむさと言って、このまま第一尚氏もね、第二尚氏も尚は同しになってるわけさぁ。そうしてこの弟も尚円が、まっ、亡くなって、ある程度、もうこのまま王は亡くなったらいかないと言って、王がいなかったらいかないと言ってね、自分の、お、弟に、まっ、文士の方々が、もうな、この尚円王も亡くなっているから、文士の方々りぃ、弟んかいしみとぅかにち、ゆうて、尚、宣威にさせてぃ、これが尚宣威になるわけさぁ。六ヵ月くらいやっているだろう、国王の座は、このときに、ユスイ御殿は、これ、このまま実行して国王させたら、うちが生んだ尚真は王の位には出来ないから、これ困ると言って、考えをもう作成したわけさぁ。これもう非常に、知識も強い、ユスイ御殿だから、尚真王のお母さんだから、そのときに、尚真王まだ若い、まだ若いからね、そして、もうお母さんがももう尚真王王の位立っても、お母さんがかばっているわけさぁね。かばって、これが、もう成長になったら、相当の強い国王になるわけさぁ。そうして、お父さん、また、第一尚氏の、まぁ、尚金福王、尚泰久王、しどぅにやぁ、この兄弟分が王争いしたとき、また、あるいは、護佐丸の阿麻和利ぬ、うぬ、これもあったし、地方にはこんなもんが沢山あったから、今後こんなものを、なく、ないようにして、考えて一応本当の、琉球国王、力強い国王になろうと言ってね、尚宣も成長やってからね、立派の、政治の、やり方を考えて、そして、このときに、まぁ、島尻、中頭、国頭の各按司(あんじ)が沢山いるからね、これを地方試験こっちに首里にね、皆まとめて、これをまとめたら、もう地方には、按司はいないから、あぁもう地方の農民は安定に、農業やる、稲、粟、立派に豊富にできるから、そうして、琉球国も発展するから、これも一石二鳥だからね、これにやると言って決めて、尚真王は地方試験に、取り組むわけさぁ。そうして、このときに、尚真のときに、各間切りの按司(あんじ)は、間切りの親(うや)、親(うや)、親(うや)、親(うや)、全琉の大物の親(うや)は首里国王だからね、大物の親のところに各間切りの親々は、集権、集めて、地方試験と言って、集めてね、首里(しゅい)親国(えぇぐに)とゆう名前が付(ちゅ)くわけさぁ。首里(しゅい)ぬ一番大きな親のところに各間切りの親々を、集、集めて、首里(しゅい)親国(えぇぐん)、御殿親国(えぇぐん)と言ってね、王の、王は、王の次男、三男にには、王子だからね、王子、そして王子の、長男には按司加那志とゆうわけさぁ、按司(あんじ)加那志、昔は尚真王、ずっと以前は、王の、次男、三男は、王に、間切りをね、ま、貰って、あぁ、ちゅじゅ、間切りの、名前を貰いおったわけさぁ。だから、えぇっと、中城御殿の名前は、これは、今の中城ね、あっ、中城の伊舎堂、伊舎堂を貰ってきてあるわけさぁね、中城城址の、こっちの、しし、道の下に、伊舎堂を貰って、これが本当の中城村、この部落前、全体にあたる中城村を、中城王子にね、名前を付(ちゅ)けてからね、この国王の長男には、黄金(くがね)加那志と言うか、尚質からこの間切(じ)りを貰っているからね、中城御殿と言って名が付くわけさぁ。だから、この、この元の中城村はね、これ、国王のもうあげているからね、こうしてはいかないから、国王の名前をこのまま、おつ、あげてぇるから、伊舎堂とゆう名前に、付(ちゅ)い、付(ちゅ)いたらしい、伊舎堂村。
全体の記録時間数 5:44
物語の時間数 5:44
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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