
親国とゆうて、屋号らしいよ、あそこにね、玉城村の、ミントゥンとゆうてね、ミントゥンとゆうところから、くら、飛び鳥がね、降ってきて、米、粟、こっちの親国のところに、喜屋武末出ゆうてね、あっちにね、うとぅちゃんでぃ、く、米、粟、食うてぃち、飛びものがよ、雀、飛びものが、喜屋武末出ゆうてね、あっちに落としたって、仲村渠のミントゥンから、あんさぁに、くまんすだちむんないるむんやぁに、仲、仲村、仲村渠ミントゥンから、ちぬみやぁ世からぬぅみやぁ、一番こっち、喜屋武の親国、ちぬみやぁ世から、ちぬみやぁ、人間は、昔は、ちんみとぉたんの話あせやぁ、一番初めは、ちんみとぉせからどぉ、やっぱりまた、うらんしぇえ、しっぽんねぇんなやぁに、人間なとおりよぉ、ちぬみやぁ世からの親国は世だからね、あんしぇ、喜屋武末出とゆうところに落としたから、こっちのまた、ちぬみやぁの人が、仲村渠ミントゥンからいらっしゃって、こっちに宿して、屋敷があったって、喜屋武末出なかい、それでまた、親国とゆうところに、島には今もあるよ。この人のまた、この人の先祖ね、イシジャー、ゆ、山ゆうてね、イシジャー山ゆうてありますよ。イシジャーとゆう、この人の一番の、しにみやぁの人が、これ、遺骨ゆうたらね、墓ですな、その人の嶽とゆうから、イシジャー嶽、イシジャーゆうて、その、文化財にものっている。ここが一番、喜屋武は祝女から、あっちの村ありますよ。皆、私達村で拝んでいますよ。祝女さんがね、髪洗ったり、飲んだりするところもあまに、一番下に、下之御嶽、中之御嶽、イシジャー山、イーチュ、くさって三つは、それで、国元ゆうたらこっちに見てぃくま、イシジャーは、あま、拝まんよ、中之御嶽だけ、祝女、祝女さんがね、いらっしゃっているところ、井や、こっちは井、祝女井、中之御嶽とゆうて、これは、国元ゆうたらね、親国とね、名護、名護ゆうたらまたよ、名護うかみ、これと祝女井とね、こっちは皆拝んでいる。これだけで国元なっているから、何でも、兵隊、何が行くときでも、親国は御願でいた戦前から、兵隊さんが出ていくにも、ハワイに行くにも、どこに行くにも、もう親国びかん、戦前から、最初から、もうちぬみやぁ世だから、世の始まいから、ずっと、世の始まいやぐとぅ、この人からね、米、粟、食うてぃち、飛び鳥が、こっちには人間が育たらないゆうて、落としたからまた、ちぬみやぁ世の人ぬ、こっちにいらっしゃったってよ。これは立派に聞いている、うちは。それからも、喜屋武部落はできた。そぉだちぐぅなってきた、だから今の国元ゆうて、もう親国は皆で拝んでいる。獅子もあっちにあったね、獅子、十五夜の獅子でしょ。
| レコード番号 | 47O377851 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C319 |
| 決定題名 | 喜屋武の始まり(共通語混) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 仲座喜味 |
| 話者名かな | なかざきみ |
| 生年月日 | 19091214 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 南風原町喜屋武 |
| 記録日 | 19910308 |
| 記録者の所属組織 | 南風原町口承文芸調査団 |
| 元テープ番号 | 南風原町T73A01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | その嫁ぎ先の義父から聞かされた。 |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 親国,玉城村,ミントゥン,飛び鳥,米,粟,雀,仲村渠,仲村渠ミントゥン,喜屋武の親国,ちぬみやぁ世,喜屋武末出,イシジャ嶽,祝女,下之御嶽,中之御嶽,イシジャー山,イーチュ,十五夜の獅子 |
| 梗概(こうがい) | 親国とゆうて、屋号らしいよ、あそこにね、玉城村の、ミントゥンとゆうてね、ミントゥンとゆうところから、くら、飛び鳥がね、降ってきて、米、粟、こっちの親国のところに、喜屋武末出ゆうてね、あっちにね、うとぅちゃんでぃ、く、米、粟、食うてぃち、飛びものがよ、雀、飛びものが、喜屋武末出ゆうてね、あっちに落としたって、仲村渠のミントゥンから、あんさぁに、くまんすだちむんないるむんやぁに、仲、仲村、仲村渠ミントゥンから、ちぬみやぁ世からぬぅみやぁ、一番こっち、喜屋武の親国、ちぬみやぁ世から、ちぬみやぁ、人間は、昔は、ちんみとぉたんの話あせやぁ、一番初めは、ちんみとぉせからどぉ、やっぱりまた、うらんしぇえ、しっぽんねぇんなやぁに、人間なとおりよぉ、ちぬみやぁ世からの親国は世だからね、あんしぇ、喜屋武末出とゆうところに落としたから、こっちのまた、ちぬみやぁの人が、仲村渠ミントゥンからいらっしゃって、こっちに宿して、屋敷があったって、喜屋武末出なかい、それでまた、親国とゆうところに、島には今もあるよ。この人のまた、この人の先祖ね、イシジャー、ゆ、山ゆうてね、イシジャー山ゆうてありますよ。イシジャーとゆう、この人の一番の、しにみやぁの人が、これ、遺骨ゆうたらね、墓ですな、その人の嶽とゆうから、イシジャー嶽、イシジャーゆうて、その、文化財にものっている。ここが一番、喜屋武は祝女から、あっちの村ありますよ。皆、私達村で拝んでいますよ。祝女さんがね、髪洗ったり、飲んだりするところもあまに、一番下に、下之御嶽、中之御嶽、イシジャー山、イーチュ、くさって三つは、それで、国元ゆうたらこっちに見てぃくま、イシジャーは、あま、拝まんよ、中之御嶽だけ、祝女、祝女さんがね、いらっしゃっているところ、井や、こっちは井、祝女井、中之御嶽とゆうて、これは、国元ゆうたらね、親国とね、名護、名護ゆうたらまたよ、名護うかみ、これと祝女井とね、こっちは皆拝んでいる。これだけで国元なっているから、何でも、兵隊、何が行くときでも、親国は御願でいた戦前から、兵隊さんが出ていくにも、ハワイに行くにも、どこに行くにも、もう親国びかん、戦前から、最初から、もうちぬみやぁ世だから、世の始まいから、ずっと、世の始まいやぐとぅ、この人からね、米、粟、食うてぃち、飛び鳥が、こっちには人間が育たらないゆうて、落としたからまた、ちぬみやぁ世の人ぬ、こっちにいらっしゃったってよ。これは立派に聞いている、うちは。それからも、喜屋武部落はできた。そぉだちぐぅなってきた、だから今の国元ゆうて、もう親国は皆で拝んでいる。獅子もあっちにあったね、獅子、十五夜の獅子でしょ。 |
| 全体の記録時間数 | 3:54 |
| 物語の時間数 | 3:54 |
| 言語識別 | 混在 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |