尚円王(共通語混)

概要

だぁ護佐丸も悪い人じゃないですねぇ、阿摩和利も悪い人じゃないですねぇ、本当これは、仲を悪くしたりしたのは他のいたらしいです。うん、とにかく阿摩和利というのもあの頃は、阿摩和利はいっぺぇ、勝連で人民から慕われてねぇ、ぎょ、漁民とか農家から、いい政策して、また護佐丸も悪い人じゃないけど、護佐丸の娘さんがだぁ、あん時の王は、誰かな、尚泰久、尚泰久だね。な、尚泰久の時代だが、とにかく、また、この尚泰久の娘が阿摩和利の妻でしょう、百度踏揚と言って、阿摩和利の妻、尚泰久の娘はももとふみあげというんですよ。でその間にね内間御鎖主と、内間御鎖主、その人がね、計略者なんですよ。後は自分が王になろうと言って、そして、あの護佐丸を勢力強いっすねぇ、阿摩和利も強くなったもんだから、まず始め護佐丸から倒そうと言うことで、王様に、まぁ尚泰久に、「阿摩和利が、王に手向かうらしいですよぉ。」と、始めは護佐丸が、護佐丸たおそ、倒そうして、王様にそう言ってね、「これ滅ぼさんと首里城が危ない。」と言って、でいろいろ計略を作って、「護佐丸は首里城に攻めるようですようですよぉ。」と言う、と、したもんだから、この王様は阿摩和利はまた、自分の娘の婿でしょう。「とぉ、あんしぇ、あれ追手の総大将にして、護佐丸をほろぼしなさい。」と、護佐丸を滅ぼしたわけよねぇ、護佐丸はまた、中心の人だから首里城の旗に左御紋の旗を持ってたら、こう自害して、手向かいしなかったという。護佐丸も悪い人じゃない。その次はまた、阿摩和利は、阿摩和利は全然、段々勢力強くなるでしょう。今度はどうにかして、また滅ぼそうとして、言わば密偵を送るんですよね、勝連城に、首里の密偵、そうして密偵はね二人だったらしいけど、実は探っても何にも無いもんだから、「何も無かった。」と言う、報告をしたら、したらねぇ何ヵ月か後に、途中でこの人を待ち伏せて「いったぁ、王、王様んかい言うなよ。」一人は絶対、本当のこと言うたため、殺されて、一人はもう負けて、「実、阿摩和利は首里城(しゅいじょう)んかい、手向かいさびいっさぁ。」と、途中で下ろされたもんだから、言って、そしてうっとぅの大将はまた送るんですよね。そして阿摩和利を滅ぼしたらしい。あれは内間御鎖主と言う人が中に入ってですよ。この内間御鎖主が尚円王ですよ。第二尚氏、あの人、陰でこれをやったんですよ。伊是名の人だがねぇ、元々は、その時代からはねぇ、まぁ尚徳、尚泰久は亡くなって、尚、尚徳王になってるわけよねぇ、第一尚氏の三代目の王様、その尚徳王がまた、少し政治に疎くてね、久高島に拝みに行ったそうですよ。久高は王様が昔から拝む所だったからねぇ。神拝みぃが行ってるわけ、向こうの祝女があんまり綺麗なもんだから、うつつを抜かして帰って来ないんですよね、長ぇんぐゎぁ、まぁ首里城も会議開いて、ぬぅんち、帰てぇ来んがでぃち、さくとぅ、誰だったかね、もう忘れてる。あの人がね、皆集めて、「この、あんし、帰てぇだれぇ、国治まらんくとぅ、ちゃぁ、さびぃが。」てやぁ、なぁうぬ、だぁ何でぃたがやぁ、何うふやでぃたがやぁ、この人が、「内間御鎖主る、わったぁうすぅれぇ。」ちて言ってねぇ、二人話しやってるから、その内間御鎖主を王様にしたって。そして尚徳が、尚徳王が帰って来るまでに、もうこっちはもう首里城は向円、向円、向円、内間御鎖主、尚円王なるから、その世の中なってしまって、あの人もう海に落ちて死んでしまうから、自殺して、だから第一尚氏は三代で終わったでしょ。尚巴志と尚泰久と尚徳王で、第一尚氏はね、これ佐敷の人だが、尚泰久、尚徳で終わりです。この内間御鎖主はもうあん時から、おう、ある年いってればねぇ、五十余っておったらしいねぇ、それから第一、第二尚氏の第一代目の王様が尚円王、それがずっと戦後まで続いてるわけですね、ええぇ戦後じゃない戦前まで、明治の廃藩置県まで、本当は阿摩和利も悪くない、護佐丸も悪くないけど、この中間の人がねぇ、計略で二人を倒してしまったということ。

再生時間:6:39

民話詳細DATA

レコード番号 47O377728
CD番号 47O37C313
決定題名 尚円王(共通語混)
話者がつけた題名
話者名 赤嶺巳之助
話者名かな あかみねみのすけ
生年月日 19290320
性別
出身地 南風原町宮平
記録日 19910308
記録者の所属組織 南風原町口承文芸調査団
元テープ番号 南風原町T66A15
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 護佐丸,阿摩和利,勝連,漁民,農家,護佐丸の娘,尚泰久,百度踏揚,内間御鎖主,計略者,王に手向かう,首里城が危ない,密偵,尚円王,第二尚氏,伊是名,尚泰久,尚徳王,第一尚氏の三代目の王様、,久高島に拝み,祝女
梗概(こうがい) だぁ護佐丸も悪い人じゃないですねぇ、阿摩和利も悪い人じゃないですねぇ、本当これは、仲を悪くしたりしたのは他のいたらしいです。うん、とにかく阿摩和利というのもあの頃は、阿摩和利はいっぺぇ、勝連で人民から慕われてねぇ、ぎょ、漁民とか農家から、いい政策して、また護佐丸も悪い人じゃないけど、護佐丸の娘さんがだぁ、あん時の王は、誰かな、尚泰久、尚泰久だね。な、尚泰久の時代だが、とにかく、また、この尚泰久の娘が阿摩和利の妻でしょう、百度踏揚と言って、阿摩和利の妻、尚泰久の娘はももとふみあげというんですよ。でその間にね内間御鎖主と、内間御鎖主、その人がね、計略者なんですよ。後は自分が王になろうと言って、そして、あの護佐丸を勢力強いっすねぇ、阿摩和利も強くなったもんだから、まず始め護佐丸から倒そうと言うことで、王様に、まぁ尚泰久に、「阿摩和利が、王に手向かうらしいですよぉ。」と、始めは護佐丸が、護佐丸たおそ、倒そうして、王様にそう言ってね、「これ滅ぼさんと首里城が危ない。」と言って、でいろいろ計略を作って、「護佐丸は首里城に攻めるようですようですよぉ。」と言う、と、したもんだから、この王様は阿摩和利はまた、自分の娘の婿でしょう。「とぉ、あんしぇ、あれ追手の総大将にして、護佐丸をほろぼしなさい。」と、護佐丸を滅ぼしたわけよねぇ、護佐丸はまた、中心の人だから首里城の旗に左御紋の旗を持ってたら、こう自害して、手向かいしなかったという。護佐丸も悪い人じゃない。その次はまた、阿摩和利は、阿摩和利は全然、段々勢力強くなるでしょう。今度はどうにかして、また滅ぼそうとして、言わば密偵を送るんですよね、勝連城に、首里の密偵、そうして密偵はね二人だったらしいけど、実は探っても何にも無いもんだから、「何も無かった。」と言う、報告をしたら、したらねぇ何ヵ月か後に、途中でこの人を待ち伏せて「いったぁ、王、王様んかい言うなよ。」一人は絶対、本当のこと言うたため、殺されて、一人はもう負けて、「実、阿摩和利は首里城(しゅいじょう)んかい、手向かいさびいっさぁ。」と、途中で下ろされたもんだから、言って、そしてうっとぅの大将はまた送るんですよね。そして阿摩和利を滅ぼしたらしい。あれは内間御鎖主と言う人が中に入ってですよ。この内間御鎖主が尚円王ですよ。第二尚氏、あの人、陰でこれをやったんですよ。伊是名の人だがねぇ、元々は、その時代からはねぇ、まぁ尚徳、尚泰久は亡くなって、尚、尚徳王になってるわけよねぇ、第一尚氏の三代目の王様、その尚徳王がまた、少し政治に疎くてね、久高島に拝みに行ったそうですよ。久高は王様が昔から拝む所だったからねぇ。神拝みぃが行ってるわけ、向こうの祝女があんまり綺麗なもんだから、うつつを抜かして帰って来ないんですよね、長ぇんぐゎぁ、まぁ首里城も会議開いて、ぬぅんち、帰てぇ来んがでぃち、さくとぅ、誰だったかね、もう忘れてる。あの人がね、皆集めて、「この、あんし、帰てぇだれぇ、国治まらんくとぅ、ちゃぁ、さびぃが。」てやぁ、なぁうぬ、だぁ何でぃたがやぁ、何うふやでぃたがやぁ、この人が、「内間御鎖主る、わったぁうすぅれぇ。」ちて言ってねぇ、二人話しやってるから、その内間御鎖主を王様にしたって。そして尚徳が、尚徳王が帰って来るまでに、もうこっちはもう首里城は向円、向円、向円、内間御鎖主、尚円王なるから、その世の中なってしまって、あの人もう海に落ちて死んでしまうから、自殺して、だから第一尚氏は三代で終わったでしょ。尚巴志と尚泰久と尚徳王で、第一尚氏はね、これ佐敷の人だが、尚泰久、尚徳で終わりです。この内間御鎖主はもうあん時から、おう、ある年いってればねぇ、五十余っておったらしいねぇ、それから第一、第二尚氏の第一代目の王様が尚円王、それがずっと戦後まで続いてるわけですね、ええぇ戦後じゃない戦前まで、明治の廃藩置県まで、本当は阿摩和利も悪くない、護佐丸も悪くないけど、この中間の人がねぇ、計略で二人を倒してしまったということ。
全体の記録時間数 6:39
物語の時間数 6:39
言語識別 混在
音源の質
テープ番号
予備項目1

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