宮平南風松金(共通語)

概要

宮平南風松金は大城門中の子孫だったが、武芸に優れていた。その頃、読谷山の多幸山には多幸山フェーレーと呼ばれる盗人がおり、中頭から山原の方に向かう人の荷物をカギにかけて奪い取っていた。それで、人々は多幸山の手前に喜名番所があったが、「喜名番所に泊るなよ」と恐れられていた。字宮平の松金はこの多幸山フェーレーを退治したという。なお、宮平山にも喜屋武から移って来た家で、この家からは宮平祝女が出て栄えたが、その宮平山にも力持ちがおり、多幸山フェーレーを退治したと言われる。

再生時間:6:43

民話詳細DATA

レコード番号 47O377709
CD番号 47O37C312
決定題名 宮平南風松金(共通語)
話者がつけた題名
話者名 中村義永
話者名かな なかむらぎえい
生年月日 19120515
性別
出身地 南風原町宮平
記録日 19910308
記録者の所属組織 南風原町口承文芸調査団
元テープ番号 南風原町T65A05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 宮平南風松金,大城門中の子孫,武芸,読谷山,多幸山フェーレー,中頭,山原,荷物,カギ,奪い取った,喜名番所,退治,宮平山,喜屋武,宮平祝女,力持ち
梗概(こうがい) 宮平南風松金は大城門中の子孫だったが、武芸に優れていた。その頃、読谷山の多幸山には多幸山フェーレーと呼ばれる盗人がおり、中頭から山原の方に向かう人の荷物をカギにかけて奪い取っていた。それで、人々は多幸山の手前に喜名番所があったが、「喜名番所に泊るなよ」と恐れられていた。字宮平の松金はこの多幸山フェーレーを退治したという。なお、宮平山にも喜屋武から移って来た家で、この家からは宮平祝女が出て栄えたが、その宮平山にも力持ちがおり、多幸山フェーレーを退治したと言われる。
全体の記録時間数 7:10
物語の時間数 6:43
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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