大名、与那覇の始まり(シマグチ)

概要

大名は宮城大名ともよばれている。ある時、自分の土地は誰の者であると言って札を立てれと言われたので、宮城ヤクミーがここであると立てると、与那覇の人が自分の土地はここからガマまでの上の方であると札を立てた。また、大名はもとは与那覇の領土であり、与那覇は大里村の領土であったが、廃藩置県後現在のようになった。大名は別名をお墓の前という。それは摩文仁の墓の前にある部落という意味で、知念や大里からは木ぬ下といわれる。木がたくさんあったからである。

再生時間:3:35

民話詳細DATA

レコード番号 47O377591
CD番号 47O37C307
決定題名 大名、与那覇の始まり(シマグチ)
話者がつけた題名 大名、与那覇の始まり
話者名 小橋川共脱
話者名かな こばしがわきょうだつ
生年月日 19210310
性別
出身地 南風原町大名
記録日 19910308
記録者の所属組織 南風原町口承文芸調査団
元テープ番号 南風原町T57A10
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 大名は宮城大名ともよばれている。ある時、自分の土地は誰の者であると言って札を立てれと言われたので、宮城ヤクミーがここであると立てると、与那覇の人が自分の土地はここからガマまでの上の方であると札を立てた。また、大名はもとは与那覇の領土であり、与那覇は大里村の領土であったが、廃藩置県後現在のようになった。大名は別名をお墓の前という。それは摩文仁の墓の前にある部落という意味で、知念や大里からは木ぬ下といわれる。木がたくさんあったからである。
梗概(こうがい) 大名は宮城大名ともよばれている。ある時、自分の土地は誰の者であると言って札を立てれと言われたので、宮城ヤクミーがここであると立てると、与那覇の人が自分の土地はここからガマまでの上の方であると札を立てた。また、大名はもとは与那覇の領土であり、与那覇は大里村の領土であったが、廃藩置県後現在のようになった。大名は別名をお墓の前という。それは摩文仁の墓の前にある部落という意味で、知念や大里からは木ぬ下といわれる。木がたくさんあったからである。
全体の記録時間数 3:35
物語の時間数 3:35
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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