
昔は、各市町村から今帰仁廻りてっあるわけよ、これは旧の八月である。八月十四から五日ぐらいに今帰仁拝みといって、今帰仁は一番あそこから広がっているっての言い分であるわけ。そうして、毎年今帰仁廻りといって、年に一回ずつ行く。そうしているが経費がかかるっていってよ、七年廻りになっているわけね。そうしてから、あそこに拝みに言って帰って来るとき、多幸山、今では少しは見えやすいが、昔は全部山なっていた。そこに一軒家がある。この家に泊まると、入って来るのはわかるけど出るのは分からないわけよ。そうしてから、今帰仁拝みながらってよ、もうこの家に泊まったからね、時間なったらよ、この泊まっている人を宿の人が殺していたらしいよ。これがこの土地の方でよ、本当であるさと言ってからによ。それで、この後から多幸山フェーレー出ているって。この人はそこに泊まってからに、そこに泊まらないなら行かれないと言っているわけね。それで、もうフェーレー出るよとの話はあるさね。これあったってよ、お城に聞かれてからに、これは遠い時代ね、明治の時代、明治の先であるわけね、そうしてから、首里城からそこに使いを行かしてからに、あれに泊まったから、あれは道中にあるからね、多幸山、今帰仁拝みに行く、そこに泊まらないならね、家に行けないわけね、もう夜明け通し歩かれないさ。
| レコード番号 | 47O361335 |
|---|---|
| CD番号 | 47O36C050 |
| 決定題名 | 多幸山フェーレー(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 小波津武 |
| 話者名かな | こはつたけし |
| 生年月日 | 19050126 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県西原町字小波津 |
| 記録日 | 19880813 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 西原町補足調査No4A15 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 多幸山フェーレー,今帰仁廻り,今帰仁 |
| 梗概(こうがい) | 昔は、各市町村から今帰仁廻りてっあるわけよ、これは旧の八月である。八月十四から五日ぐらいに今帰仁拝みといって、今帰仁は一番あそこから広がっているっての言い分であるわけ。そうして、毎年今帰仁廻りといって、年に一回ずつ行く。そうしているが経費がかかるっていってよ、七年廻りになっているわけね。そうしてから、あそこに拝みに言って帰って来るとき、多幸山、今では少しは見えやすいが、昔は全部山なっていた。そこに一軒家がある。この家に泊まると、入って来るのはわかるけど出るのは分からないわけよ。そうしてから、今帰仁拝みながらってよ、もうこの家に泊まったからね、時間なったらよ、この泊まっている人を宿の人が殺していたらしいよ。これがこの土地の方でよ、本当であるさと言ってからによ。それで、この後から多幸山フェーレー出ているって。この人はそこに泊まってからに、そこに泊まらないなら行かれないと言っているわけね。それで、もうフェーレー出るよとの話はあるさね。これあったってよ、お城に聞かれてからに、これは遠い時代ね、明治の時代、明治の先であるわけね、そうしてから、首里城からそこに使いを行かしてからに、あれに泊まったから、あれは道中にあるからね、多幸山、今帰仁拝みに行く、そこに泊まらないならね、家に行けないわけね、もう夜明け通し歩かれないさ。 |
| 全体の記録時間数 | 2:33 |
| 物語の時間数 | 2:25 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |