山田シンザンの話(シマグチ)

概要

山田真山は渡嘉敷小という家の子孫である。昔、山田の家はとても貧乏だったので真山は大和に連れて行かれ、何十年も帰っては来なかった。真山が五十才のとき、首里にいる母親が死にそうになったので、真山は母親に会いに沖縄へ帰って来た。しかし、真山は何十年も前に大和に行っているので、母親も覚えておらず、「子どもは小さいときに亡くなった。」と話した。しかし役場の人たちが調べて小さいときの話などを聞いているうちに、真山の背中に痣があることが分かり、真山は証拠である痣を見せた。それで母親は亡くなったと思っていた子どもであることを知った。その後山田真山は沖縄にある平和記念像を造った。

再生時間:5:59

民話詳細DATA

レコード番号 47O361266
CD番号 47O36C047
決定題名 山田シンザンの話(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 与那城勲
話者名かな よなしろいさお
生年月日 19160424
性別
出身地 沖縄県西原町字安室
記録日 19880813
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字安室・我謝調査12班T47A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情 母親から子供の頃聞いた
文字化資料
キーワード 山田真山,渡嘉敷小,痣,山田シンザン
梗概(こうがい) 山田真山は渡嘉敷小という家の子孫である。昔、山田の家はとても貧乏だったので真山は大和に連れて行かれ、何十年も帰っては来なかった。真山が五十才のとき、首里にいる母親が死にそうになったので、真山は母親に会いに沖縄へ帰って来た。しかし、真山は何十年も前に大和に行っているので、母親も覚えておらず、「子どもは小さいときに亡くなった。」と話した。しかし役場の人たちが調べて小さいときの話などを聞いているうちに、真山の背中に痣があることが分かり、真山は証拠である痣を見せた。それで母親は亡くなったと思っていた子どもであることを知った。その後山田真山は沖縄にある平和記念像を造った。
全体の記録時間数 6:36
物語の時間数 5:59
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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