護佐丸(共通語)

概要

父親が山田城へ養子に行って、4名の子供が生まれて、その三男である。一人は農業をしていたが、三男である護佐丸は武勇が達者で建築に優れており、安里大屋は学問が好きでそれで易者になった。護佐丸は三山統一のとき、尚巴志の部下で今帰仁に行って今帰仁を落とした。その後座喜味城を25歳で築き、設計を自分でやった。そこには15年いたがまた中城に移って中城城を築き、そこにも15年位いたが、阿麻和利に殺された。しかしそれは尚円の策略であったという話である。結局、阿麻和利の謀反で王に弓を引いてはいけないということで切腹してしまう。護佐丸は、三男までいたが、長男、次男までは一緒に死んだが、三男、盛親は刀を向けると笑うので斬れなくなってしまった。そこで乳母が「私に下さい。」というので護佐丸は国吉の比屋に手紙を書いて逃がした。国吉の比屋の家の井戸は、いざという時のためにげられるように作られていた。話者は子孫なので国吉の比屋という所にも拝みに行く。乳母は本当は盛親の産みの親であったともいう。盛親には3人の子供がいて、話者は次男の子孫である。

再生時間:5:55

民話詳細DATA

レコード番号 47O361245
CD番号 47O36C046
決定題名 護佐丸(共通語)
話者がつけた題名
話者名 崎原盛繁
話者名かな さきはらせいはん
生年月日 19120331
性別
出身地 沖縄県西原町字崎原
記録日 19880813
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字崎原・嘉手苅調査11班T46A03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 護佐丸,三山統一,今帰仁,座喜味城,中城,国吉の比屋,尚巴志,尚円,盛親,阿麻和利
梗概(こうがい) 父親が山田城へ養子に行って、4名の子供が生まれて、その三男である。一人は農業をしていたが、三男である護佐丸は武勇が達者で建築に優れており、安里大屋は学問が好きでそれで易者になった。護佐丸は三山統一のとき、尚巴志の部下で今帰仁に行って今帰仁を落とした。その後座喜味城を25歳で築き、設計を自分でやった。そこには15年いたがまた中城に移って中城城を築き、そこにも15年位いたが、阿麻和利に殺された。しかしそれは尚円の策略であったという話である。結局、阿麻和利の謀反で王に弓を引いてはいけないということで切腹してしまう。護佐丸は、三男までいたが、長男、次男までは一緒に死んだが、三男、盛親は刀を向けると笑うので斬れなくなってしまった。そこで乳母が「私に下さい。」というので護佐丸は国吉の比屋に手紙を書いて逃がした。国吉の比屋の家の井戸は、いざという時のためにげられるように作られていた。話者は子孫なので国吉の比屋という所にも拝みに行く。乳母は本当は盛親の産みの親であったともいう。盛親には3人の子供がいて、話者は次男の子孫である。
全体の記録時間数 9:28
物語の時間数 5:55
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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