小波津の棒術の始まり(共通語)

概要

昔、村入りぃーと言って招待するのがあったって。だけど、この部落に行くにも相当な武道が必要であったって。それで、この部落はずっと棒術を習って研究していたそうですね。そうして、何月であるかは分からないですが、昔、読谷の楚辺というところか、首里もこっちも招待されたって。そしたから、首里も楚辺に行ったそうだ。もうあそこは両方に田んぼがあってね、その道から入って行くんだけど、その楚辺の道の真ん中には豪傑な人がいてからにね、三間桁(サンジキンギタ)と言って、大きな棒を持って振り回していたって。ただから、いくら人が来てももう人は両方の田んぼに振り落とされて入ることができなかったって。そうして、小波津部落の人も行くことになったから、その道中で、この首里の人と出会ったって。「もうあそこには入らないよ。いくら人が来てもどうしようもならない。」と言ったから、「あんた方は、やり方が分からないさ。」と言ったって。もうこの部落にミヤーサクラーと言う大きな武士がおったそうだ。そうして、この人はサクガーと言って、三尺ぐらいの木で作った刀のようなものを持っていて、みんなを従えて行ったんだよ。そうし、その部落に行ったら、なる程、もうこの大きなサンジンギタを振り回していて、もう向かって行くこともできないくらいに振り回していたって。もうこれを見たミヤーサクラーが、すぐ構えてそれが振り落とすごとに、どんどん、このサンジンギタをみんな切ってしまったそうだ。そして、最後にこのミヤーサクラーが、その人の肩に飛び乗って、そうして顎をつかまえてね、引き裂こうとしたんだよ。そしたら、「もう負けたから、入りなさい。」と言って、そうして、首里の人も一緒にこの楚辺の部落に行って御馳走を食べたと。これがあの棒術の始まり。

再生時間:3:53

民話詳細DATA

レコード番号 47O360905
CD番号 47O36C032
決定題名 小波津の棒術の始まり(共通語)
話者がつけた題名
話者名 小波津武
話者名かな こはつたけし
生年月日 19050126
性別
出身地 沖縄県西原町字小波津
記録日 19820219
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字小波津調査7班T31A20
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情 お年寄りから聞いた
文字化資料 西原町史 別巻西原の民話P415
キーワード 村入り,読谷,楚辺,棒術,首里,小波津,ミーサクラー,
梗概(こうがい) 昔、村入りぃーと言って招待するのがあったって。だけど、この部落に行くにも相当な武道が必要であったって。それで、この部落はずっと棒術を習って研究していたそうですね。そうして、何月であるかは分からないですが、昔、読谷の楚辺というところか、首里もこっちも招待されたって。そしたから、首里も楚辺に行ったそうだ。もうあそこは両方に田んぼがあってね、その道から入って行くんだけど、その楚辺の道の真ん中には豪傑な人がいてからにね、三間桁(サンジキンギタ)と言って、大きな棒を持って振り回していたって。ただから、いくら人が来てももう人は両方の田んぼに振り落とされて入ることができなかったって。そうして、小波津部落の人も行くことになったから、その道中で、この首里の人と出会ったって。「もうあそこには入らないよ。いくら人が来てもどうしようもならない。」と言ったから、「あんた方は、やり方が分からないさ。」と言ったって。もうこの部落にミヤーサクラーと言う大きな武士がおったそうだ。そうして、この人はサクガーと言って、三尺ぐらいの木で作った刀のようなものを持っていて、みんなを従えて行ったんだよ。そうし、その部落に行ったら、なる程、もうこの大きなサンジンギタを振り回していて、もう向かって行くこともできないくらいに振り回していたって。もうこれを見たミヤーサクラーが、すぐ構えてそれが振り落とすごとに、どんどん、このサンジンギタをみんな切ってしまったそうだ。そして、最後にこのミヤーサクラーが、その人の肩に飛び乗って、そうして顎をつかまえてね、引き裂こうとしたんだよ。そしたら、「もう負けたから、入りなさい。」と言って、そうして、首里の人も一緒にこの楚辺の部落に行って御馳走を食べたと。これがあの棒術の始まり。
全体の記録時間数 4:01
物語の時間数 3:53
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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