小波津嶽の話(共通語)

概要

昔、具志頭蔡温・名護親方の時代は一般住民には学問をさせるが、百姓はさせなかった。嶽というのはいわば、このいじゅんを保護するためには必ず山を乾燥させて木もたくさん植えた。それがもとで水が長らく持つ。日照りしても水が湧くとあそこもここも山は木を切ってはいけないと、城から命令で「この毎年、何年拝みなさい。」といって御神といってもあれはつくった石である。これを嶽(たき)といっている。小波津は、上の嶽、下の嶽といっている。小波津は上の嶽、下の嶽といって、これを結び合わせてノロという。ノロというのは、昔は王様が亡くなった時49日まではいっしょになってまつりをした。

再生時間:1:47

民話詳細DATA

レコード番号 47O360900
CD番号 47O36C032
決定題名 小波津嶽の話(共通語)
話者がつけた題名
話者名 小波津武
話者名かな こはつたけし
生年月日 19050126
性別
出身地 沖縄県西原町字小波津
記録日 19820219
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字小波津調査7班T31A15
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情 お年寄りから聞いた
文字化資料
キーワード 小波津,具志頭,蔡温,名護親方,嶽,祝女,ノロ,水
梗概(こうがい) 昔、具志頭蔡温・名護親方の時代は一般住民には学問をさせるが、百姓はさせなかった。嶽というのはいわば、このいじゅんを保護するためには必ず山を乾燥させて木もたくさん植えた。それがもとで水が長らく持つ。日照りしても水が湧くとあそこもここも山は木を切ってはいけないと、城から命令で「この毎年、何年拝みなさい。」といって御神といってもあれはつくった石である。これを嶽(たき)といっている。小波津は、上の嶽、下の嶽といっている。小波津は上の嶽、下の嶽といって、これを結び合わせてノロという。ノロというのは、昔は王様が亡くなった時49日まではいっしょになってまつりをした。
全体の記録時間数 1:50
物語の時間数 1:47
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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