棚原部落の話(共通語)

概要

部落は勢理客からこの棚原にきた。現場は棚原入り口から向かってきてガラス工場のその付近であった。あっちからこっちに移動があって棚原とつけたという。勢理客というのは稲福婆と言う人からはじまった。稲福婆はどうしてこっちへ来たかというとどこから来たのかはよくわからないが、西原の我謝の浜にハマグムイ(浜池)というのがあった。我謝の人でカンジャウフスーという人が、その時に助けられている。どうしてきたのか話ができた。この稲福婆という人は女だから、どうしても低い所で生活したくない。住みたくもない。棚原は高いのでこっちに来た。また、女というのは髪を洗うからその井戸は今もある。運玉の森のふもとにユブシ井戸というきれいな水の井戸がある。それで清潔にしてこちらの棚原に上がったという話です。この稲福婆というのはそれからこっちに住んでから、お墓は今もある。その人のお墓は棚原城の中に、それから神事をするシージマという御嶽が今、琉大の敷地の内にある。

再生時間:5:25

民話詳細DATA

レコード番号 47O360664
CD番号 47O36C024
決定題名 棚原部落の話(共通語)
話者がつけた題名
話者名 城間盛次
話者名かな しろませいじ
生年月日 18921205
性別
出身地 沖縄県西原町字
記録日 19820219
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字棚原調査08班T22A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情 年寄りから聞いた
文字化資料 西原町史 別巻西原の民話P305
キーワード 稲福婆,棚原,部落,始まり,勢理客
梗概(こうがい) 部落は勢理客からこの棚原にきた。現場は棚原入り口から向かってきてガラス工場のその付近であった。あっちからこっちに移動があって棚原とつけたという。勢理客というのは稲福婆と言う人からはじまった。稲福婆はどうしてこっちへ来たかというとどこから来たのかはよくわからないが、西原の我謝の浜にハマグムイ(浜池)というのがあった。我謝の人でカンジャウフスーという人が、その時に助けられている。どうしてきたのか話ができた。この稲福婆という人は女だから、どうしても低い所で生活したくない。住みたくもない。棚原は高いのでこっちに来た。また、女というのは髪を洗うからその井戸は今もある。運玉の森のふもとにユブシ井戸というきれいな水の井戸がある。それで清潔にしてこちらの棚原に上がったという話です。この稲福婆というのはそれからこっちに住んでから、お墓は今もある。その人のお墓は棚原城の中に、それから神事をするシージマという御嶽が今、琉大の敷地の内にある。
全体の記録時間数 5:44
物語の時間数 5:25
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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