稲福婆(共通語)

概要

稲福婆は初めに我謝に来て、それから我謝の神座主が「ここでは生活できないから棚原に行きなさい。」と言われ棚原部落に最初に来た人である。昔は稲福婆しか入ってないという棚原のキーサーのお墓がある。その頃は着るものもなく、木の葉で着物がわりをしているという伝えがある。それが今度戦争でお墓を開けてみると、遺骨の入ったつぼが12,3入っていた。この墓は部落でも大殿内という方々が今も拝んでいる。戦後、米人がここを開けた。昔、ここは小金の花がでるというはなしがあっていつも島尻方面から探しに来る。それがそのまま遺骨のつぼにある。

再生時間:1:36

民話詳細DATA

レコード番号 47O360625
CD番号 47O36C022
決定題名 稲福婆(共通語)
話者がつけた題名
話者名 城間英喜
話者名かな しろまえいき
生年月日 19111117
性別
出身地 沖縄県西原町字棚原
記録日 19820217
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字棚原調査班T21A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情 お爺さんや部落の人から聞いた
文字化資料
キーワード 稲福婆,我謝,棚原,棚原部落,始祖,
梗概(こうがい) 稲福婆は初めに我謝に来て、それから我謝の神座主が「ここでは生活できないから棚原に行きなさい。」と言われ棚原部落に最初に来た人である。昔は稲福婆しか入ってないという棚原のキーサーのお墓がある。その頃は着るものもなく、木の葉で着物がわりをしているという伝えがある。それが今度戦争でお墓を開けてみると、遺骨の入ったつぼが12,3入っていた。この墓は部落でも大殿内という方々が今も拝んでいる。戦後、米人がここを開けた。昔、ここは小金の花がでるというはなしがあっていつも島尻方面から探しに来る。それがそのまま遺骨のつぼにある。
全体の記録時間数 1:56
物語の時間数 1:36
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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