三津武嶽(共通語)

概要

昔、首里の王の長女が久高に拝みに行く途中で嵐にあい、薩摩に流された。そこで薩摩の王の妾になった。(薩摩の王との間に子供ができたが、沖縄に来る途中)久高祝女と今帰仁祝女が(王の)娘の子供を流した。それで娘は「私の子供はどうしたんだろう。私は首里に帰さず御殿山に住まわせてくれ。」と言い、毎日そこで子供のことばかりを思っていた。ある日、人魚になった自分の子供が言えた。それを見て気を失って亡くなった。(娘は)「薩摩の国に向けて墓をつくってくれ。」と言っていたので三津武嶽に葬られている。

再生時間:4:16

民話詳細DATA

レコード番号 47O360292
CD番号 47O36C012
決定題名 三津武嶽(共通語)
話者がつけた題名
話者名 安谷屋キヨ子
話者名かな あだにやきよこ
生年月日 19190907
性別
出身地 沖縄県島尻郡玉城村
記録日 19810614
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字桃原調査班T10B04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 三津武嶽,王女,久高祝女,今帰仁祝女,薩摩,御殿山,人魚
梗概(こうがい) 昔、首里の王の長女が久高に拝みに行く途中で嵐にあい、薩摩に流された。そこで薩摩の王の妾になった。(薩摩の王との間に子供ができたが、沖縄に来る途中)久高祝女と今帰仁祝女が(王の)娘の子供を流した。それで娘は「私の子供はどうしたんだろう。私は首里に帰さず御殿山に住まわせてくれ。」と言い、毎日そこで子供のことばかりを思っていた。ある日、人魚になった自分の子供が言えた。それを見て気を失って亡くなった。(娘は)「薩摩の国に向けて墓をつくってくれ。」と言っていたので三津武嶽に葬られている。
全体の記録時間数 4:55
物語の時間数 4:16
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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