
昔の由来記の話よ。あれは屋良漏池の方に、蛇と言うふうに、大鰻がいてね。それが、たまたま、外の方に出て、伊金堂の後ろに志喜屋というふうな家があったんだがね、そこの後ろの畑まで上がって来て、非常に作物を荒らしていたと。で、それをぜひ、退治しなければいかないというふうなことで、その当時はもう首里のいろんな偉い方々に、訴えたりさあね。で、ある貧困の苦しい家庭のきれいな娘さんをそこに連れて来て蛇の餌にして。で、それをやる直前に、もう上から白い何か、それは神様でしょうね。それは、降りて来てそれを救って、その家庭に、まあ届けて、家庭の貧困を助けたというふうなよな話だけは、聞いたんだが。伊金堂言うのはその漏池からすぐ近いんだから、そこで上がっていたというふうな話は聞いている。その後ねえ、我々の青年時代、その漏池の上は、伊金堂の茶園というふうに、茶畑作っていたが、そこに、早く作業中に人より先いったお爺さんが、そのお爺さんはもう死んで亡くなっているんだが、「ええ、昔ぬ蛇や、今ん生ちちょっさー〈おい、昔のあの蛇は今でも生きているよ。〉その漏池の向こうの端からこっちまで、届いた鰻を私見たよう。」と言うふうな話は聞いたんだがね。それは本当見たかどうか分からないんだが、漏池というは、非常に、神様との関係があって、戦前の台風の前触れとして、海と漏池とは、一緒になってそこの漏池の台風の知らしぇの音も出ていたと言うふうな話も聞いたんだが。
| レコード番号 | 47O416639 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C353 |
| 決定題名 | 屋良漏池の生贄(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 嘉手川繁久 |
| 話者名かな | かでかるはんきゅう |
| 生年月日 | 19180322 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 嘉手納町伊金堂 |
| 記録日 | 19940919 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 嘉手納T57A01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | かでなの民話P56 |
| キーワード | 屋良漏池,大鰻,伊金堂の後ろ,志喜屋,きれいな娘,蛇の餌,神様 |
| 梗概(こうがい) | 昔の由来記の話よ。あれは屋良漏池の方に、蛇と言うふうに、大鰻がいてね。それが、たまたま、外の方に出て、伊金堂の後ろに志喜屋というふうな家があったんだがね、そこの後ろの畑まで上がって来て、非常に作物を荒らしていたと。で、それをぜひ、退治しなければいかないというふうなことで、その当時はもう首里のいろんな偉い方々に、訴えたりさあね。で、ある貧困の苦しい家庭のきれいな娘さんをそこに連れて来て蛇の餌にして。で、それをやる直前に、もう上から白い何か、それは神様でしょうね。それは、降りて来てそれを救って、その家庭に、まあ届けて、家庭の貧困を助けたというふうなよな話だけは、聞いたんだが。伊金堂言うのはその漏池からすぐ近いんだから、そこで上がっていたというふうな話は聞いている。その後ねえ、我々の青年時代、その漏池の上は、伊金堂の茶園というふうに、茶畑作っていたが、そこに、早く作業中に人より先いったお爺さんが、そのお爺さんはもう死んで亡くなっているんだが、「ええ、昔ぬ蛇や、今ん生ちちょっさー〈おい、昔のあの蛇は今でも生きているよ。〉その漏池の向こうの端からこっちまで、届いた鰻を私見たよう。」と言うふうな話は聞いたんだがね。それは本当見たかどうか分からないんだが、漏池というは、非常に、神様との関係があって、戦前の台風の前触れとして、海と漏池とは、一緒になってそこの漏池の台風の知らしぇの音も出ていたと言うふうな話も聞いたんだが。 |
| 全体の記録時間数 | 4:25 |
| 物語の時間数 | 3:44 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |