
比嘉親雲上っつってですよ、向こうに自分で、この墓も比謝橋の近くに作ってあるんですよ。そして、この人は、橋奉行で、比謝橋造る時に首里から、橋造るで、橋奉行って、今は、大工の頭領ですね。なんか大橋造る時に、頭領がいるでしょう。その頭領の橋奉行。それしに来て、そして、大水が出たら、休んでしまう。冬に造って、夏に大水で休んで、また造って、二、三カ年いたらしいです。そしてその人は、妻子は首里に置いて、自分に一人で、この橋造るのに来たでしょう。そして、この屋良の女と、子供が出来て、橋が出来ると、自分は首里に、帰ったが、その女の子供をこっちに残した子孫が、吉助先生なんですよ。だから、向こうは比嘉一門(ひじゃいちむん)だと言っています。
| レコード番号 | 47O416604 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C351 |
| 決定題名 | 比嘉筑登親雲(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 津波古清助 |
| 話者名かな | つはこせいすけ |
| 生年月日 | 19200918 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 嘉手納町屋良 |
| 記録日 | 19940919 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 嘉手納T53A16 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | かでなの民話P31 |
| キーワード | 比嘉親雲上,比謝橋,橋奉 |
| 梗概(こうがい) | 比嘉親雲上っつってですよ、向こうに自分で、この墓も比謝橋の近くに作ってあるんですよ。そして、この人は、橋奉行で、比謝橋造る時に首里から、橋造るで、橋奉行って、今は、大工の頭領ですね。なんか大橋造る時に、頭領がいるでしょう。その頭領の橋奉行。それしに来て、そして、大水が出たら、休んでしまう。冬に造って、夏に大水で休んで、また造って、二、三カ年いたらしいです。そしてその人は、妻子は首里に置いて、自分に一人で、この橋造るのに来たでしょう。そして、この屋良の女と、子供が出来て、橋が出来ると、自分は首里に、帰ったが、その女の子供をこっちに残した子孫が、吉助先生なんですよ。だから、向こうは比嘉一門(ひじゃいちむん)だと言っています。 |
| 全体の記録時間数 | 1:37 |
| 物語の時間数 | 1:26 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |