喜屋武ミーぐゎー(シマグチ混)

概要

あの喜屋武ミー小は近頃の人よ。女の子供もいるよ。西田商店の主。この人はちゃんちゃんたーぎの女の子供であったよ。喜屋武ミー小は武士であったそうだ。剣の一位であった。本部ファーラーがも敵わなかった。あのジョンケンテルーに勝ったのは本部ファーラーであたがね。本部と言うがサールーと言って。喜屋武ミー小と言う人がね、剣に、七十五剣ぐらいあったそうだ。七十五剣ぐらい。剣の武士であったって。あれはねサルマーターと言って船ふれる、松をね、昔は、テンチュリマータンんてって言って。それから、坂まで降りていった。50メートルぐらいの松の上から、逆さになって降りてきよった。あれがシートボーの缶々のね、缶々はね、何銭と言って掛かかるから、あの三百斤ぐらいの缶々をカサギから押しよったそうだ。県には七十五剣ぐらいしかない。だから三百斤ぐらいの缶々をうし寄せたそうだ。あの馬車持って、降りる時は、具志川馬車持ちと米俵を取る競争をした。昔はやったそうだ。喜屋武ミー小を、具志川の馬車乗りがからかって、「子供は退きなさい。」と言った。「誰が子供だ。俺にかなうと思っているのか。俺がいくつだと思っているんだ。御前はいくつか。」と言った。馬車にいくつ荷物を乗せることが出来るか、私と勝負しなさい、と。喜屋武ミー小は棒を使って、10台の馬車に荷物を積んだ。具志川の馬車持ちが一つも入れないうちに。それで具志川の馬車持ちは立って眺めていた。喜屋武ミー小に負けたので。あの時代は簡単にもの言っていたさあ。その時はねえ、馬車に乗るのは足を全部乗せたら五円。またお尻だけ乗せていたら、三円。罰金であったそうだ。

再生時間:3:10

民話詳細DATA

レコード番号 47O416484
CD番号 47O41C344
決定題名 喜屋武ミーぐゎー(シマグチ混)
話者がつけた題名
話者名 古謝務昌
話者名かな こじゃむしょう
生年月日 19020412
性別
出身地 嘉手納町兼久
記録日 19940918
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納T46A32
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 喜屋武ミー小,武士,本部ファーラー,ジョンケンテルー,馬車
梗概(こうがい) あの喜屋武ミー小は近頃の人よ。女の子供もいるよ。西田商店の主。この人はちゃんちゃんたーぎの女の子供であったよ。喜屋武ミー小は武士であったそうだ。剣の一位であった。本部ファーラーがも敵わなかった。あのジョンケンテルーに勝ったのは本部ファーラーであたがね。本部と言うがサールーと言って。喜屋武ミー小と言う人がね、剣に、七十五剣ぐらいあったそうだ。七十五剣ぐらい。剣の武士であったって。あれはねサルマーターと言って船ふれる、松をね、昔は、テンチュリマータンんてって言って。それから、坂まで降りていった。50メートルぐらいの松の上から、逆さになって降りてきよった。あれがシートボーの缶々のね、缶々はね、何銭と言って掛かかるから、あの三百斤ぐらいの缶々をカサギから押しよったそうだ。県には七十五剣ぐらいしかない。だから三百斤ぐらいの缶々をうし寄せたそうだ。あの馬車持って、降りる時は、具志川馬車持ちと米俵を取る競争をした。昔はやったそうだ。喜屋武ミー小を、具志川の馬車乗りがからかって、「子供は退きなさい。」と言った。「誰が子供だ。俺にかなうと思っているのか。俺がいくつだと思っているんだ。御前はいくつか。」と言った。馬車にいくつ荷物を乗せることが出来るか、私と勝負しなさい、と。喜屋武ミー小は棒を使って、10台の馬車に荷物を積んだ。具志川の馬車持ちが一つも入れないうちに。それで具志川の馬車持ちは立って眺めていた。喜屋武ミー小に負けたので。あの時代は簡単にもの言っていたさあ。その時はねえ、馬車に乗るのは足を全部乗せたら五円。またお尻だけ乗せていたら、三円。罰金であったそうだ。
全体の記録時間数 3:13
物語の時間数 3:10
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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