阿麻和利(共通語)

概要

阿麻和利は、本当は屋良城の王様は昔按司と言うさあな。大川の按司と言うてよ。あれの本妻との子ではないよ。別の百姓との子って。こっちの按司のこれもう妾の子供。だから、屋良城跡の王様の所へは連れて来なかたって。こっちで、お母さんと暮らしていて、大きくはならないうちに年はいっていたが、少しは足が不自由でよ、みんなのぐとぅよ元気なかったって。でもよ、これは、本当とは思わんなあ僕も、屋良城跡の側のようたまに、これはこっちの置かないで、屋良城跡の隣に連れて行って、食べる御飯は、お母さんが運搬して持って行って上げてよう、寝泊まりさしてあったって。蜘蛛が網引っ張るさあな、餌が飛んで来るもの待ちかんてぃーして。これ作るには何でやるかなあと言って考えて、これ見たから、お母さん頼んで、昔の着物作る糸はよう、あれもう何千メートルと言って、この籠の中に作っておいてよ、これ貰わしててって頼んで持て、網を作ったって。蜘蛛の巣が網なっているわけ。魚捕る網。うれ作ってよ、「はあ、これは覚えてなあ。」と言ってこれが付いてから、もうこの阿麻和利と言う人は、勝連城に、下人として、なあ、馬の草刈と言うてさ、ちけーむぬのと言うさ。これに希望して行ってよ、いちゅか、またこれで毎日魚捕って、屋慶名の家族に、全部によ、無料で上げて、「何か、お金、取りなさい。」と言うても、「ううん、これはいい。でも、あんた方の事は、出来る限りはやるから、僕が頼むぬ場合聞いてくれ。」と言うてよ、約束であったって。その時に、もう屋慶名の人によう、この頼んでるんでぃ、事はよう、「いついついちゅの何時頃は屋慶名かや船、三、三隻出して、テービーと言うて、竹に火着けてよう、中城湾から通りなさい。」と言うて頼んだって。頼んでよう、勝連の王様によう、「こっちに、今敵が攻撃して来るから、大変よう大変よう。」して王様は、上のはんたに上げてよう、はんたから落として、やったって。だから、あっちの王様は、阿麻和利がなったって。勝連城の王様は、阿麻和利がなっているって。あっち行ってから、阿麻和利と言うて名前付いたはじゅ。あれしてから、これいちゅ付いたか、聞いてみないなあ。あっちのもう王様なってから、あれがやった人は、もう勝連城の王様は、阿麻和利と言うのはこれが取ってからなったと思うなあ。この阿麻和利と言うものは何の意味かなあ。屋良の方言では屋良のアマンジャナーと言うがよう、このアマンジャナーと言うものは、何の意味にこう言う名前、阿麻和利と言うものを阿麻のいわすと言うものシーユーワーヤーがい、がいたのがいたのかかちこの、アマンジャナーと言う意味はこれは、聞いたことないなあ。

再生時間:6:25

民話詳細DATA

レコード番号 47O416452
CD番号 47O41C343
決定題名 阿麻和利(共通語)
話者がつけた題名
話者名 幸地維次郎
話者名かな こうちいじろう
生年月日 19080229
性別
出身地 嘉手納町兼久
記録日 19940919
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納T45B03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 かでなの民話P128
キーワード 阿麻和利,屋良城の王様,足が不自由,蜘蛛,網,魚捕る網,勝連城,屋慶名,屋良のアマンジャナー
梗概(こうがい) 阿麻和利は、本当は屋良城の王様は昔按司と言うさあな。大川の按司と言うてよ。あれの本妻との子ではないよ。別の百姓との子って。こっちの按司のこれもう妾の子供。だから、屋良城跡の王様の所へは連れて来なかたって。こっちで、お母さんと暮らしていて、大きくはならないうちに年はいっていたが、少しは足が不自由でよ、みんなのぐとぅよ元気なかったって。でもよ、これは、本当とは思わんなあ僕も、屋良城跡の側のようたまに、これはこっちの置かないで、屋良城跡の隣に連れて行って、食べる御飯は、お母さんが運搬して持って行って上げてよう、寝泊まりさしてあったって。蜘蛛が網引っ張るさあな、餌が飛んで来るもの待ちかんてぃーして。これ作るには何でやるかなあと言って考えて、これ見たから、お母さん頼んで、昔の着物作る糸はよう、あれもう何千メートルと言って、この籠の中に作っておいてよ、これ貰わしててって頼んで持て、網を作ったって。蜘蛛の巣が網なっているわけ。魚捕る網。うれ作ってよ、「はあ、これは覚えてなあ。」と言ってこれが付いてから、もうこの阿麻和利と言う人は、勝連城に、下人として、なあ、馬の草刈と言うてさ、ちけーむぬのと言うさ。これに希望して行ってよ、いちゅか、またこれで毎日魚捕って、屋慶名の家族に、全部によ、無料で上げて、「何か、お金、取りなさい。」と言うても、「ううん、これはいい。でも、あんた方の事は、出来る限りはやるから、僕が頼むぬ場合聞いてくれ。」と言うてよ、約束であったって。その時に、もう屋慶名の人によう、この頼んでるんでぃ、事はよう、「いついついちゅの何時頃は屋慶名かや船、三、三隻出して、テービーと言うて、竹に火着けてよう、中城湾から通りなさい。」と言うて頼んだって。頼んでよう、勝連の王様によう、「こっちに、今敵が攻撃して来るから、大変よう大変よう。」して王様は、上のはんたに上げてよう、はんたから落として、やったって。だから、あっちの王様は、阿麻和利がなったって。勝連城の王様は、阿麻和利がなっているって。あっち行ってから、阿麻和利と言うて名前付いたはじゅ。あれしてから、これいちゅ付いたか、聞いてみないなあ。あっちのもう王様なってから、あれがやった人は、もう勝連城の王様は、阿麻和利と言うのはこれが取ってからなったと思うなあ。この阿麻和利と言うものは何の意味かなあ。屋良の方言では屋良のアマンジャナーと言うがよう、このアマンジャナーと言うものは、何の意味にこう言う名前、阿麻和利と言うものを阿麻のいわすと言うものシーユーワーヤーがい、がいたのがいたのかかちこの、アマンジャナーと言う意味はこれは、聞いたことないなあ。
全体の記録時間数 6:56
物語の時間数 6:25
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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