野国総官(共通語)

概要

600年前の察度王は唐からの技術者を住まわせるまちを作ったのが久米村であり、36姓の人を派遣した。唐人は当初は唐装であったのが琉装に変わり、戦後は久米村から離れた。その久米村に野国総官は子供の頃から奉行人をしていて、そこでは漢字を学び信用されていた。唐への派遣として野国総官は選ばれた。中国のるそん島から帰る時に、持ち出し禁止であったイモの苗を、杖の中に隠し、琉球に持ち帰り、農民の暮らしをよりよくしようとしている儀間真常が多く生産させて琉球にひろげた。精力的に働いて半世紀で全島に広まった。慶長16年に100斤を薩摩に持っていき、さつま芋として有名になる。

再生時間:9:45

民話詳細DATA

レコード番号 47O416376
CD番号 47O41C339
決定題名 野国総官(共通語)
話者がつけた題名
話者名 沢岻安徳
話者名かな たくしあんとく
生年月日 19220826
性別
出身地 嘉手納町野国
記録日 19940917
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納TT41B06
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 察度王,唐,久米村,36姓,野国総官,奉行人,芋の苗
梗概(こうがい) 600年前の察度王は唐からの技術者を住まわせるまちを作ったのが久米村であり、36姓の人を派遣した。唐人は当初は唐装であったのが琉装に変わり、戦後は久米村から離れた。その久米村に野国総官は子供の頃から奉行人をしていて、そこでは漢字を学び信用されていた。唐への派遣として野国総官は選ばれた。中国のるそん島から帰る時に、持ち出し禁止であったイモの苗を、杖の中に隠し、琉球に持ち帰り、農民の暮らしをよりよくしようとしている儀間真常が多く生産させて琉球にひろげた。精力的に働いて半世紀で全島に広まった。慶長16年に100斤を薩摩に持っていき、さつま芋として有名になる。
全体の記録時間数 10:09
物語の時間数 9:45
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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