
昔ね、中国に湖南省にね、手相見るお爺さんがいたらしいんだ。この手相見る人はね、もうお客さんたくさんいてね、いつも満員しておったらしいんだよ。で、その話を全国的に聞こえたもんだからね、ある高利貸しのお爺さんがね、「ああ、湖南省のどこどこの村に、とっても手相の名人がいるからね、わしはもう今日暇だから、ちょっと行って野次ってきようかなあ。」と思ってね、この人は行ったらしいんだよ。ほんで、高利貸しのお爺さんは、野次ってきようかなと思って行ったもんだからね、この扇子持っていったらしいんだよ。扇子は、とってもいい扇子だったらしいんだよ。ほんで、金貸しのね、お爺さんは、最初にね、扇子持って、「この扇子のね、生命をちょっと明かしてくれんかあ。」ちゅうもんだからね、「あはあ。」とその虫眼鏡、この扇子見てからにね、その高利貸しの鬼の顔見てね、「あはあ、その扇子は、来年のね、二月一日までしか生命がない。」ちゅう。そのお爺さんは、扇子の生命を明かしてもらったもんだからね。ほんで、次にね、「じゃあ、わしの生命は、どのぐらいまでわしは生きるか。」って言ったらね、「あんたはね、来年のね、三月三日までしか命はない。」と言うわけさ。それで、すぐ、ツリモノヲもう笑ってね、 「ああ、そうか。」って言ってね、帰ってよ、「もしかして、二月一日までにもうこの扇子がなくならんだったらね、もう怒ってくる。」ちゅうてね、この扇子をね、大事にしといてね、お家に帰ったらしいんだよ。で、この高利貸しはね、もう金金貸してね、もう払わんだったら、布団でも何でも取ってくるような性質の言わば、悪徳なお爺さんだったらしいんだよ。ほんで、この扇子をね、とうとう二月に入ってきたもんだからね、もういつも扇子を持って歩くんだけどね、もしなくしたらね困るからちゅうて、ほんで、きれいな風呂敷にたたんでね、もうたんすにしまって入れとったらしいんだよ。とうとう一週間ぐらいなったらね、普通だったら、朝出たらね、ご飯食べには一二時ぐらいしか帰ってこない。また、お昼から大体また夕方帰ってくる。しかし、その一週間は、その二月一日に日にちが接近すと、もうたびにね、このお爺さんはね、朝出るでしょ、そしたら、一時間ぐらいしたらまた帰ってきて、「扇子あるかなあ。」ちゅうてね。たんす開けて見たんかしてよ。で、お婆さんがね、「不思議やなあ。うちのお爺さんは、前はそんなことなかったけんど、最近なってから大分違っとるな。朝出ると思ったらまっすぐ帰ってきて、また、こそこそしてからまた出よる。」ちゅうてね、まあ、あんまり不思議がってね、とうとう二月一日なったもんだからね、今出とるけんど、三〇分ぐらいしたらねまた帰ってきてね、また、たんすの開けるらしいんだよ。「不思議でならん。」とお婆さんがね、どっかこの戸(とー)のその穴ね、節穴から見たらしいんだよ。そしたら、たんす開けてね、風呂敷開けてね、見よったらしいんだよ。「何隠してるんかなあ。」と思ってお婆さんはね。で、お爺さんが今度出る時にね、お婆さんがまた入ってね、お爺さんが開けよったの見たらね、その扇子にね、きれいな美人の絵が書かれておったらしいんだよ。で、お婆さんはね、怒ってね、「この扇子の絵にね、惚れてからにね、もう仕事もできん。もうすぐ帰ってきたりなんかして。」って誤解してよ、もうとうとうその扇子に破ってね、燃やしたらしいんだよ。で、このお爺さん帰ってきてね、また開けようとしたら扇子がないんだよね。もう頭押さえてね、「困ったなあ。」ちゅうて、もう心配そうにしとったですね。「どうしたかお爺さん。」って言ったらね、「ここに扇子置いとったけどね、扇子がない。」ちゅうて、お婆さんはね、「あんた、その扇子に若い女の子の絵を描いとるのね。それ出ようとしたらまた帰ってきてすぐ扇子を見たというのは何事か。」ちゅうてね、怒ったらしいんだよ。「実はそうじゃなくてね、この前、湖南省のどこどこの村にね、もう全国的な有名な易者がいるちゅうて、ほんで、行ってからに、この易者に扇子の生命とね、わしの生命を当ててもらったらね、この扇子はね、ちょうど二月一日、今日までの命だったんだ。」ちゅうてね。「もうわしの命もどうかなと思ってね、もう心配しておる。」ちゅうてね。もうお婆さんも心配しちゃってね、もう二月一日でしょ。自分の命は、後一ヶ月と三日で、三月三日だったからね。もう同じもう死ぬんだったらね、もう金はたくさん山ほどあるしね、もう人のためにでもやろうと思ってね、ほで、それから行動開始したわけだ。借りた人のお家行ってね。で、行ってもう着いたらね、借りた主人らがね、奥様がね、もう先にもうお辞儀してね、「もう今金ないからね、もうしばらく待ってくれ。」ちゅうて、もう頼まれてよ、「ああ、いいよ、あんたらはもうなかったらね、もういつでもいいから、儲かる時に払ってくれ。」と、そう言われたその夫婦はね、「ええ、このお爺さんは神みたいになっとるね。」言って、みんなからもう好かれちゃってね、拝まれてね、もうあっちこっちもうこんなして貸した所、何一〇ヶ所、何一〇〇軒とあるでしょ。で、行ってね、「もう利子はいいから。」利子は取らんで、またあんまり貧しい者(もん)には、もう、「貧乏だからね、かわいそうだから、もう払わんでもいいから。」って言ってね。それで、今度はね、ある日ね、道はずれの道の側に公衆便所があったらしいんだよ。で、公衆便所にね、で、小便しようとしたらね、そこに風呂敷包みがあってね、それ見たらね、お金なんだよね。金がいっぱい包まれてあったらしいんだよ。「ああ、不思議やなあ。金こんな忘れる人もいるんだなあ。」と思って。それで、「金を取りにくるはずだから。」ちゅうて、公衆便所のすぐ側にね、木があったらしいんだ。木陰に座ってね、「取りにくるかもわからん。」って言うてたらね、もう若い者がね、取りに入ってね、もう探してないもんだから、それは、店の番頭で番頭だったらしい。で、もう、「帰っても帰られきれんから、首括ってでも死のうかなあ。」と思ってね。自分の何か紐でも探してから首吊ろうとしたらしいんだよ。そしたら、お爺さんがやって来て、「何でお前が死ぬか。」ちゅうてね、止めたらね、「わしはもうお金こっちに忘れてしまってね、もう誰かに持っていかれてね、もう店にも帰れない。わしは番頭だけどね、わしの金じゃなくて店のお金だからね、もうどうしても帰られんから、もう死んだほうがいい。」って。「じゃあ、これじゃ、これじゃないか。」って言って渡したらね、もうとっても喜んでね。で、中国では昔からね、落とし物をよ、本人に戻ってきた例はないってよ。ほんでもう人のため世のためにしてるでしょ。昔からね、中国では、死ぬ前に元気の時からちゃんと、棺は作ってよ、準備してあるんだよ。もう二日、明日三日でしょ。二日の夕方からもう棺の中でね、「どうせ、もう明日の朝死ぬかも分からん。」ちゅうてね、ちゃんときれいに着物着てね、棺に入って寝てたらしいんだよ。それ三日にね、朝なってもなかなか死なんわけよ。で、夕方なってもね、まだ死なんわけよ。そのまま飯も食わんでよ、四日なっても死なんわけよ。「これは嘘ついたな。」ちゅうてよ、この明くる日よ、すぐ易者に行ってよ。したら、お爺さん行ったらね、その易者が見たら、もう人相が違うわけさ。今までは鬼みたいなお爺さんだけどね、もうとっても神みたいなお爺さんなってしまってね。「あんたどっからおいでなったか。」っち言ったけどね、「どこそこから、お前何ヶ月前にこっちに来て扇子も命も生命出してもらったでしょ。」ちゅうたらね、「ああ、そのお爺さんか、あんたは。」虫眼鏡見てね、「あんた、大分人相が仏さんみたいになってね、で、もうすぐ見て分からん程、ようになってるわけ。」って言ったわけさ。ほで、お爺さんがね、「扇子は当たったけどね、わしの生命はね、棺に入ってもう三日、四日の朝まで寝とったけど、死なんもんだからね、あんた間違ってないかと思って来たんだけど。」ちゅうたらね、「あんたはね、大分仏さんみたいな顔しとるけどね。こっちから行ってからはね、大分人のため、世のために働いたでしょ。」言ったらしいんだよ。「うん、そうだ。」よく、詳しく話したらしいんだよ。「ああ、それであんた人相も違ったんだよ。で、あんたは、もう一二〇才まで生きるから。」ちゅうてよ、そのお爺さん一二〇才まで生きたらしいよ。
| レコード番号 | 47O416366 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C338 |
| 決定題名 | 扇と寿命(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 沢岻安徳 |
| 話者名かな | たくしあんとく |
| 生年月日 | 19220826 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 嘉手納町野国 |
| 記録日 | 19940917 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 嘉手納TT41A06 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 12 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 中国,手相,高利貸し,扇子,生命,悪徳なお爺さん,扇子の絵,神,棺,易者,120歳 |
| 梗概(こうがい) | 昔ね、中国に湖南省にね、手相見るお爺さんがいたらしいんだ。この手相見る人はね、もうお客さんたくさんいてね、いつも満員しておったらしいんだよ。で、その話を全国的に聞こえたもんだからね、ある高利貸しのお爺さんがね、「ああ、湖南省のどこどこの村に、とっても手相の名人がいるからね、わしはもう今日暇だから、ちょっと行って野次ってきようかなあ。」と思ってね、この人は行ったらしいんだよ。ほんで、高利貸しのお爺さんは、野次ってきようかなと思って行ったもんだからね、この扇子持っていったらしいんだよ。扇子は、とってもいい扇子だったらしいんだよ。ほんで、金貸しのね、お爺さんは、最初にね、扇子持って、「この扇子のね、生命をちょっと明かしてくれんかあ。」ちゅうもんだからね、「あはあ。」とその虫眼鏡、この扇子見てからにね、その高利貸しの鬼の顔見てね、「あはあ、その扇子は、来年のね、二月一日までしか生命がない。」ちゅう。そのお爺さんは、扇子の生命を明かしてもらったもんだからね。ほんで、次にね、「じゃあ、わしの生命は、どのぐらいまでわしは生きるか。」って言ったらね、「あんたはね、来年のね、三月三日までしか命はない。」と言うわけさ。それで、すぐ、ツリモノヲもう笑ってね、 「ああ、そうか。」って言ってね、帰ってよ、「もしかして、二月一日までにもうこの扇子がなくならんだったらね、もう怒ってくる。」ちゅうてね、この扇子をね、大事にしといてね、お家に帰ったらしいんだよ。で、この高利貸しはね、もう金金貸してね、もう払わんだったら、布団でも何でも取ってくるような性質の言わば、悪徳なお爺さんだったらしいんだよ。ほんで、この扇子をね、とうとう二月に入ってきたもんだからね、もういつも扇子を持って歩くんだけどね、もしなくしたらね困るからちゅうて、ほんで、きれいな風呂敷にたたんでね、もうたんすにしまって入れとったらしいんだよ。とうとう一週間ぐらいなったらね、普通だったら、朝出たらね、ご飯食べには一二時ぐらいしか帰ってこない。また、お昼から大体また夕方帰ってくる。しかし、その一週間は、その二月一日に日にちが接近すと、もうたびにね、このお爺さんはね、朝出るでしょ、そしたら、一時間ぐらいしたらまた帰ってきて、「扇子あるかなあ。」ちゅうてね。たんす開けて見たんかしてよ。で、お婆さんがね、「不思議やなあ。うちのお爺さんは、前はそんなことなかったけんど、最近なってから大分違っとるな。朝出ると思ったらまっすぐ帰ってきて、また、こそこそしてからまた出よる。」ちゅうてね、まあ、あんまり不思議がってね、とうとう二月一日なったもんだからね、今出とるけんど、三〇分ぐらいしたらねまた帰ってきてね、また、たんすの開けるらしいんだよ。「不思議でならん。」とお婆さんがね、どっかこの戸(とー)のその穴ね、節穴から見たらしいんだよ。そしたら、たんす開けてね、風呂敷開けてね、見よったらしいんだよ。「何隠してるんかなあ。」と思ってお婆さんはね。で、お爺さんが今度出る時にね、お婆さんがまた入ってね、お爺さんが開けよったの見たらね、その扇子にね、きれいな美人の絵が書かれておったらしいんだよ。で、お婆さんはね、怒ってね、「この扇子の絵にね、惚れてからにね、もう仕事もできん。もうすぐ帰ってきたりなんかして。」って誤解してよ、もうとうとうその扇子に破ってね、燃やしたらしいんだよ。で、このお爺さん帰ってきてね、また開けようとしたら扇子がないんだよね。もう頭押さえてね、「困ったなあ。」ちゅうて、もう心配そうにしとったですね。「どうしたかお爺さん。」って言ったらね、「ここに扇子置いとったけどね、扇子がない。」ちゅうて、お婆さんはね、「あんた、その扇子に若い女の子の絵を描いとるのね。それ出ようとしたらまた帰ってきてすぐ扇子を見たというのは何事か。」ちゅうてね、怒ったらしいんだよ。「実はそうじゃなくてね、この前、湖南省のどこどこの村にね、もう全国的な有名な易者がいるちゅうて、ほんで、行ってからに、この易者に扇子の生命とね、わしの生命を当ててもらったらね、この扇子はね、ちょうど二月一日、今日までの命だったんだ。」ちゅうてね。「もうわしの命もどうかなと思ってね、もう心配しておる。」ちゅうてね。もうお婆さんも心配しちゃってね、もう二月一日でしょ。自分の命は、後一ヶ月と三日で、三月三日だったからね。もう同じもう死ぬんだったらね、もう金はたくさん山ほどあるしね、もう人のためにでもやろうと思ってね、ほで、それから行動開始したわけだ。借りた人のお家行ってね。で、行ってもう着いたらね、借りた主人らがね、奥様がね、もう先にもうお辞儀してね、「もう今金ないからね、もうしばらく待ってくれ。」ちゅうて、もう頼まれてよ、「ああ、いいよ、あんたらはもうなかったらね、もういつでもいいから、儲かる時に払ってくれ。」と、そう言われたその夫婦はね、「ええ、このお爺さんは神みたいになっとるね。」言って、みんなからもう好かれちゃってね、拝まれてね、もうあっちこっちもうこんなして貸した所、何一〇ヶ所、何一〇〇軒とあるでしょ。で、行ってね、「もう利子はいいから。」利子は取らんで、またあんまり貧しい者(もん)には、もう、「貧乏だからね、かわいそうだから、もう払わんでもいいから。」って言ってね。それで、今度はね、ある日ね、道はずれの道の側に公衆便所があったらしいんだよ。で、公衆便所にね、で、小便しようとしたらね、そこに風呂敷包みがあってね、それ見たらね、お金なんだよね。金がいっぱい包まれてあったらしいんだよ。「ああ、不思議やなあ。金こんな忘れる人もいるんだなあ。」と思って。それで、「金を取りにくるはずだから。」ちゅうて、公衆便所のすぐ側にね、木があったらしいんだ。木陰に座ってね、「取りにくるかもわからん。」って言うてたらね、もう若い者がね、取りに入ってね、もう探してないもんだから、それは、店の番頭で番頭だったらしい。で、もう、「帰っても帰られきれんから、首括ってでも死のうかなあ。」と思ってね。自分の何か紐でも探してから首吊ろうとしたらしいんだよ。そしたら、お爺さんがやって来て、「何でお前が死ぬか。」ちゅうてね、止めたらね、「わしはもうお金こっちに忘れてしまってね、もう誰かに持っていかれてね、もう店にも帰れない。わしは番頭だけどね、わしの金じゃなくて店のお金だからね、もうどうしても帰られんから、もう死んだほうがいい。」って。「じゃあ、これじゃ、これじゃないか。」って言って渡したらね、もうとっても喜んでね。で、中国では昔からね、落とし物をよ、本人に戻ってきた例はないってよ。ほんでもう人のため世のためにしてるでしょ。昔からね、中国では、死ぬ前に元気の時からちゃんと、棺は作ってよ、準備してあるんだよ。もう二日、明日三日でしょ。二日の夕方からもう棺の中でね、「どうせ、もう明日の朝死ぬかも分からん。」ちゅうてね、ちゃんときれいに着物着てね、棺に入って寝てたらしいんだよ。それ三日にね、朝なってもなかなか死なんわけよ。で、夕方なってもね、まだ死なんわけよ。そのまま飯も食わんでよ、四日なっても死なんわけよ。「これは嘘ついたな。」ちゅうてよ、この明くる日よ、すぐ易者に行ってよ。したら、お爺さん行ったらね、その易者が見たら、もう人相が違うわけさ。今までは鬼みたいなお爺さんだけどね、もうとっても神みたいなお爺さんなってしまってね。「あんたどっからおいでなったか。」っち言ったけどね、「どこそこから、お前何ヶ月前にこっちに来て扇子も命も生命出してもらったでしょ。」ちゅうたらね、「ああ、そのお爺さんか、あんたは。」虫眼鏡見てね、「あんた、大分人相が仏さんみたいになってね、で、もうすぐ見て分からん程、ようになってるわけ。」って言ったわけさ。ほで、お爺さんがね、「扇子は当たったけどね、わしの生命はね、棺に入ってもう三日、四日の朝まで寝とったけど、死なんもんだからね、あんた間違ってないかと思って来たんだけど。」ちゅうたらね、「あんたはね、大分仏さんみたいな顔しとるけどね。こっちから行ってからはね、大分人のため、世のために働いたでしょ。」言ったらしいんだよ。「うん、そうだ。」よく、詳しく話したらしいんだよ。「ああ、それであんた人相も違ったんだよ。で、あんたは、もう一二〇才まで生きるから。」ちゅうてよ、そのお爺さん一二〇才まで生きたらしいよ。 |
| 全体の記録時間数 | 12:00 |
| 物語の時間数 | 11:50 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |