天川坂(共通語)

概要

天川の話はね、もちろん聞いてはいますけどね、これも根拠というのかな、これは全くどの辺に根ざしたのかよく分からんけどね。天川坂とゆうものは、なぜ天川坂なのかっていうことでね、その辺がね、天川坂っていうのは、天川っていうのは、こっちの下の方に天川っていう泉があるわけね、それで、比謝川にね、この天川ってのがあって、で、そこのほうの近くの急な坂になってる。これが天川坂なんだよね。それとこの比謝川に沿っての所であるということね、そして川となると、やはり薩摩軍がね、沖縄の琉球に攻めてる時に、こう渡具知から、ここに上がって来て、こっちから攻め上がったと、そしたら、薩摩の敵が攻めて来たとゆうことで、まあ嘉手納の誰がやったかは分からんけど、恐らくこの辺りの人でしょうね、昔のお粥ね、ウケーメーというでしょ。お粥をね、こういっぱい炊いてね、この坂から、上がってくるね、薩摩兵に対してね、「これをこぼしてさ、それで足を滑らしてね、退去させよう。」とゆうふうに戦ったわけね。そこで、天川坂とゆうのは有名であると言うね。しかしまた、一説は、薩摩兵は,そのまた、お粥を食べて元気を出してね、ますます上がって来たという裏話もあるんだけど、どんな効果があったんだろうかね。

再生時間:3:29

民話詳細DATA

レコード番号 47O416273
CD番号 47O41C333
決定題名 天川坂(共通語)
話者がつけた題名
話者名 花城康勝
話者名かな はなしろやすかつ
生年月日 19380201
性別
出身地 嘉手納町千原
記録日 19940916
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納T36A06
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 かでなの民話P28
キーワード 天川,薩摩軍,お粥
梗概(こうがい) 天川の話はね、もちろん聞いてはいますけどね、これも根拠というのかな、これは全くどの辺に根ざしたのかよく分からんけどね。天川坂とゆうものは、なぜ天川坂なのかっていうことでね、その辺がね、天川坂っていうのは、天川っていうのは、こっちの下の方に天川っていう泉があるわけね、それで、比謝川にね、この天川ってのがあって、で、そこのほうの近くの急な坂になってる。これが天川坂なんだよね。それとこの比謝川に沿っての所であるということね、そして川となると、やはり薩摩軍がね、沖縄の琉球に攻めてる時に、こう渡具知から、ここに上がって来て、こっちから攻め上がったと、そしたら、薩摩の敵が攻めて来たとゆうことで、まあ嘉手納の誰がやったかは分からんけど、恐らくこの辺りの人でしょうね、昔のお粥ね、ウケーメーというでしょ。お粥をね、こういっぱい炊いてね、この坂から、上がってくるね、薩摩兵に対してね、「これをこぼしてさ、それで足を滑らしてね、退去させよう。」とゆうふうに戦ったわけね。そこで、天川坂とゆうのは有名であると言うね。しかしまた、一説は、薩摩兵は,そのまた、お粥を食べて元気を出してね、ますます上がって来たという裏話もあるんだけど、どんな効果があったんだろうかね。
全体の記録時間数 3:32
物語の時間数 3:29
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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