屋良ムルチの生贄の行事(共通語)

概要

屋良にはムルチ(漏池)という池があり、そこにはジャー(蛇)が棲んでいて、大きな被害を与えていた。それで屋良ムルチのジャーに生贄を捧げるようになった。最初は首里から牛や馬などの生贄を連れてきた。そして屋良の長が、千貫田という所で首里の役人達をもてなしていたが、首里からは遠過ぎるということで、その行事の権限が北谷間切に授けられた。北谷間切では、生贄の牛や馬は大き過ぎて金がかかるということで、ヤギなどの小動物に変えた。ところがその後北谷間切でもまた、嘉手納は遠いという理由でその行事を屋良の部落に権限を移した。屋良ではヤギでも金がかかるということで鶏に変えた。この行事は今も続いていて、現在では卵3個に変わっている。屋良の部落がこの生贄の行事を受け持つのは財政的にも大変だろうということで、屋良ムルチから流れ出る川についての漁業権が王府から屋良に与えられた。海の周辺には廃藩置県後、首里からやって来た人達やよそから移って来た人達が半農半漁で生活するようになった。

再生時間:13:16

民話詳細DATA

レコード番号 47O235635
CD番号 47O23C301
決定題名 屋良ムルチの生贄の行事(共通語)
話者がつけた題名
話者名 津波古清栄
話者名かな つはこせいえい
生年月日 19300320
性別
出身地 嘉手納町屋良
記録日 19930828
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 嘉手納T02B02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 80
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 屋良ムルチ,ジャー,被害,生贄,首里の役人達,卵3個
梗概(こうがい) 屋良にはムルチ(漏池)という池があり、そこにはジャー(蛇)が棲んでいて、大きな被害を与えていた。それで屋良ムルチのジャーに生贄を捧げるようになった。最初は首里から牛や馬などの生贄を連れてきた。そして屋良の長が、千貫田という所で首里の役人達をもてなしていたが、首里からは遠過ぎるということで、その行事の権限が北谷間切に授けられた。北谷間切では、生贄の牛や馬は大き過ぎて金がかかるということで、ヤギなどの小動物に変えた。ところがその後北谷間切でもまた、嘉手納は遠いという理由でその行事を屋良の部落に権限を移した。屋良ではヤギでも金がかかるということで鶏に変えた。この行事は今も続いていて、現在では卵3個に変わっている。屋良の部落がこの生贄の行事を受け持つのは財政的にも大変だろうということで、屋良ムルチから流れ出る川についての漁業権が王府から屋良に与えられた。海の周辺には廃藩置県後、首里からやって来た人達やよそから移って来た人達が半農半漁で生活するようになった。
全体の記録時間数 13:16
物語の時間数 13:16
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP