
城辺の友利と西城の境の山に、昔、津波がここまで来たという線がひかれていて、今でも残っている。その山の名前をシィンプトゥ(線をひく)山という。山の下には金士川豊見親の屋敷があった。屋敷のトイレにはクソを食べさすために豚が飼われていたが、津波のせいでその豚は流され、代わりに青い魚(アオバツヅ)がいたそうだ。また、この津波の時に、山の方にはアマイアマイ(出たり隠れたり)する嶺があり、そこを「アマリパー」といった。他にも鍋の蓋の形をしたような所を「ナベフタンニ」といった。馬の鞍のような所を「ウマノフランニ」といった。「ナベフタムイ」とか、「ウマノフランニ」といっていたが、それらの場所は今はつぶされてなくなっている。シィンプトゥ山は今も残っている。
| レコード番号 | 47O234072 |
|---|---|
| CD番号 | 47O23C214 |
| 決定題名 | シィンプトゥ山(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 島尻タケ子 |
| 話者名かな | しまじりたけこ |
| 生年月日 | 19160317 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 城辺町友利 |
| 記録日 | 19970918 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 平良T158B02 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 城辺,津波,シィンプトゥ山 |
| 梗概(こうがい) | 城辺の友利と西城の境の山に、昔、津波がここまで来たという線がひかれていて、今でも残っている。その山の名前をシィンプトゥ(線をひく)山という。山の下には金士川豊見親の屋敷があった。屋敷のトイレにはクソを食べさすために豚が飼われていたが、津波のせいでその豚は流され、代わりに青い魚(アオバツヅ)がいたそうだ。また、この津波の時に、山の方にはアマイアマイ(出たり隠れたり)する嶺があり、そこを「アマリパー」といった。他にも鍋の蓋の形をしたような所を「ナベフタンニ」といった。馬の鞍のような所を「ウマノフランニ」といった。「ナベフタムイ」とか、「ウマノフランニ」といっていたが、それらの場所は今はつぶされてなくなっている。シィンプトゥ山は今も残っている。 |
| 全体の記録時間数 | 6:03 |
| 物語の時間数 | 5:58 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |