空広の知恵比べ(共通語)

概要

大立大殿の父親は、迫牛病(ハンセンシ病)であったため、パイナガマの辺りに隔離されていた。その時に生まれたのが大立大殿である。目黒盛豊見親の五代目くらいの時、仲宗根豊見親が生まれた。幼名を空広といい、双子であった。大立大殿が浜下りして、魚を取って遊ぶシラツナの遊びをしに赤牛に乗ってるところ、畑にいた空広がネギのようなものを差し上げた。すると、大立大殿は子供の割りに利口だと感心し、遊びに連れて行くことにした。空広の話を聞いていると更に感心し、将来有望だから自分に教育させて欲しいと親に願い出た。空広は2、8歳で大立大殿のところで養育され、成長した。ある日、伊良部島に暴力者がいた。昔、平良の海は潮が引くとさんご礁が浮き上がり、伊良部まで歩いて渡れたので、伊良部の暴力者が平良の町を荒らし回っていた。大立大殿が困っていたので、成長した空広は罪人を入れるかごを今の第二桟橋の辺りの海に置いた。暴力者がやって来ると、騙してかごに入れ、鍵を掛けてしまった。そのまま置き去りにしたので、潮が満ちてきて苦しくなった暴力者は、振り回してかごを壊した。その場所は折岬という名前が付けられた。

再生時間:10:07

民話詳細DATA

レコード番号 47O233804
CD番号 47O23C195
決定題名 空広の知恵比べ(共通語)
話者がつけた題名
話者名 羽地栄
話者名かな はねじさかい
生年月日 19130301
性別
出身地 平良市
記録日 19970318
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 平良T129A06
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 大立大殿,仲宗根豊見親,空広
梗概(こうがい) 大立大殿の父親は、迫牛病(ハンセンシ病)であったため、パイナガマの辺りに隔離されていた。その時に生まれたのが大立大殿である。目黒盛豊見親の五代目くらいの時、仲宗根豊見親が生まれた。幼名を空広といい、双子であった。大立大殿が浜下りして、魚を取って遊ぶシラツナの遊びをしに赤牛に乗ってるところ、畑にいた空広がネギのようなものを差し上げた。すると、大立大殿は子供の割りに利口だと感心し、遊びに連れて行くことにした。空広の話を聞いていると更に感心し、将来有望だから自分に教育させて欲しいと親に願い出た。空広は2、8歳で大立大殿のところで養育され、成長した。ある日、伊良部島に暴力者がいた。昔、平良の海は潮が引くとさんご礁が浮き上がり、伊良部まで歩いて渡れたので、伊良部の暴力者が平良の町を荒らし回っていた。大立大殿が困っていたので、成長した空広は罪人を入れるかごを今の第二桟橋の辺りの海に置いた。暴力者がやって来ると、騙してかごに入れ、鍵を掛けてしまった。そのまま置き去りにしたので、潮が満ちてきて苦しくなった暴力者は、振り回してかごを壊した。その場所は折岬という名前が付けられた。
全体の記録時間数 10:07
物語の時間数 10:07
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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