大浦多志(共通語)

概要

仲宗根豊見親が宮古を平定する10~20年前までは、目黒盛豊見親の時代であった。その時代に、中国の福建省から兄妹二人が戦争に負けて島流しにされた。そして大浦湾に流れ着いて、鳥が飛び立つのを見て井戸を見つけて、そこに部落を作った。兄の方が大浦多志で、妹はマジルという。大浦多志ははじめトウナズという洞窟に住み着いて、そこの壁に襖の半分ほどの漢文を残した。大浦多志が北部で勢力をつけてきたので、当時、南部で勢力を持っていた与那覇豊身親(佐多大人)が大浦多志城を奇襲して大浦多志はフタミアナという場所で殺された。だからこの辺りでは与那覇言葉で話してはいけないという。佐多大人はその後、目黒盛豊見親も滅ぼそうとしたが、ツカサヤー(漲水御嶽)の辺りで目黒盛豊見親を追い詰めた時、犬井戸から、目黒盛豊見親が以前かわいがっていた犬が飛び出してきて、与那覇軍の人をたくさん噛み殺し、大浦から援軍もやって来て、目黒盛豊見親は勝利した。アラスティという所から二柱の人骨が出てきてこれを祀ってあったが、一度場所を移してしまってからは誰も拝んでいないらしい。この骨はもしかすると大浦多志の骨かも知れない。大浦多志の墓といわれているものがトゥナズの近くにあるが、本当に骨が入っているわけではないと思われる。

再生時間:12:03

民話詳細DATA

レコード番号 47O233557
CD番号 47O23C180
決定題名 大浦多志(共通語)
話者がつけた題名
話者名 砂川長吉
話者名かな すながわちょうきち
生年月日 19220225
性別
出身地 平良市大浦 
記録日 19960903
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 平良T79A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 平良市北部の民話H8卒論P68
キーワード 豊見親,福建省,鳥井戸,大浦多志
梗概(こうがい) 仲宗根豊見親が宮古を平定する10~20年前までは、目黒盛豊見親の時代であった。その時代に、中国の福建省から兄妹二人が戦争に負けて島流しにされた。そして大浦湾に流れ着いて、鳥が飛び立つのを見て井戸を見つけて、そこに部落を作った。兄の方が大浦多志で、妹はマジルという。大浦多志ははじめトウナズという洞窟に住み着いて、そこの壁に襖の半分ほどの漢文を残した。大浦多志が北部で勢力をつけてきたので、当時、南部で勢力を持っていた与那覇豊身親(佐多大人)が大浦多志城を奇襲して大浦多志はフタミアナという場所で殺された。だからこの辺りでは与那覇言葉で話してはいけないという。佐多大人はその後、目黒盛豊見親も滅ぼそうとしたが、ツカサヤー(漲水御嶽)の辺りで目黒盛豊見親を追い詰めた時、犬井戸から、目黒盛豊見親が以前かわいがっていた犬が飛び出してきて、与那覇軍の人をたくさん噛み殺し、大浦から援軍もやって来て、目黒盛豊見親は勝利した。アラスティという所から二柱の人骨が出てきてこれを祀ってあったが、一度場所を移してしまってからは誰も拝んでいないらしい。この骨はもしかすると大浦多志の骨かも知れない。大浦多志の墓といわれているものがトゥナズの近くにあるが、本当に骨が入っているわけではないと思われる。
全体の記録時間数 12:03
物語の時間数 12:03
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP