
ムイスク御嶽というのは、ナナムイ御嶽の後ろにあるので、ムイスクという名になった。200年ほど前、支那の留学から帰った今帰仁の人が、船で本島に帰る途中、台風に遭い遭難した。その時、池間の大浜の浜に漂流した。それからその浜を大和浜(ヤマトゥバマ)と呼ぶようになった。池間の人々は今帰仁の男の人を大和の人だと思っていたので、この名が付いた。この男は山へ行って生活した。そこでは酒などを造っていた。男は酒を造って自分も飲みながら、島の人にも分けてあげていたので、その人が亡くなってから、その人をお酒の主として祀った。これがムイスクの神である。
| レコード番号 | 47O233359 |
|---|---|
| CD番号 | 47O23C164 |
| 決定題名 | ムイクス御嶽由来(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 前泊徳正 |
| 話者名かな | まえどまりとくせい |
| 生年月日 | 19100319 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 平良市池間 |
| 記録日 | 19960225 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 平良T42A05 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 平良市北部の民話H8卒論P55 |
| キーワード | ムイスク御嶽,台風,遭難 |
| 梗概(こうがい) | ムイスク御嶽というのは、ナナムイ御嶽の後ろにあるので、ムイスクという名になった。200年ほど前、支那の留学から帰った今帰仁の人が、船で本島に帰る途中、台風に遭い遭難した。その時、池間の大浜の浜に漂流した。それからその浜を大和浜(ヤマトゥバマ)と呼ぶようになった。池間の人々は今帰仁の男の人を大和の人だと思っていたので、この名が付いた。この男は山へ行って生活した。そこでは酒などを造っていた。男は酒を造って自分も飲みながら、島の人にも分けてあげていたので、その人が亡くなってから、その人をお酒の主として祀った。これがムイスクの神である。 |
| 全体の記録時間数 | 7:20 |
| 物語の時間数 | 7:20 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |