ニシャグ豊見親とマイティ豊見親(共通語)

概要

ニシャグ豊見親とマイティ豊見親がいた。二人は敵対していたが仲直りした。その証として、旧暦の9月丙午あたりの3日間祭りをする。最初はニシャグの家の者がマイティの家に向かって、豊年の歌を歌いながら踊って来る。次には反対にマイティの家からニシャグの家へ同じことをした。今でもやっているらしい。ニシャグ豊とは別に造られた御願所で、マイティ豊見親が祀られているのは生家の仏壇らしい。マイティ豊見親はある日、大浦湾にやって来た得体の知れない船に向かって矢を射った。すると船員の一人に刺さって、船は大浦湾のパナリに一度は引いた。しかし再び戻ってくると、その船に乗っている人は外国人で、「矢を射った者は罪人なので連れて行く」と言った。マイティ豊見親が自分だと名乗ると、一緒に連れて行かれた。その際に、皆に「夏の日に明け方、西の方から大きな星が出るようであれば、それを私の魂と思ってくれ」と言った。そうして月日が経ってもマイティ豊見親は帰って来ることはなかった。なお、マイティ豊見親が矢を射ったのは、的だと思ったからだという。

再生時間:8:11

民話詳細DATA

レコード番号 47O233232
CD番号 47O23C154
決定題名 ニシャグ豊見親とマイティ豊見親(共通語)
話者がつけた題名
話者名 大里ケヨ
話者名かな おおざとけよ
生年月日 19091029
性別
出身地 平良市大浦
記録日 19960224
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 平良T29A05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード ニシャグ,マイティ,明けの明星
梗概(こうがい) ニシャグ豊見親とマイティ豊見親がいた。二人は敵対していたが仲直りした。その証として、旧暦の9月丙午あたりの3日間祭りをする。最初はニシャグの家の者がマイティの家に向かって、豊年の歌を歌いながら踊って来る。次には反対にマイティの家からニシャグの家へ同じことをした。今でもやっているらしい。ニシャグ豊とは別に造られた御願所で、マイティ豊見親が祀られているのは生家の仏壇らしい。マイティ豊見親はある日、大浦湾にやって来た得体の知れない船に向かって矢を射った。すると船員の一人に刺さって、船は大浦湾のパナリに一度は引いた。しかし再び戻ってくると、その船に乗っている人は外国人で、「矢を射った者は罪人なので連れて行く」と言った。マイティ豊見親が自分だと名乗ると、一緒に連れて行かれた。その際に、皆に「夏の日に明け方、西の方から大きな星が出るようであれば、それを私の魂と思ってくれ」と言った。そうして月日が経ってもマイティ豊見親は帰って来ることはなかった。なお、マイティ豊見親が矢を射ったのは、的だと思ったからだという。
全体の記録時間数 8:11
物語の時間数 8:11
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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