宮古の集落の渾名(共通語)

概要

昔、宮古では他の部落に悪い渾名をつけて呼んでいて、そのことで大喧嘩にもなっていたそうだ。宮古のどの部落にも渾名があったと思うが、狩俣、大浦、島尻、平良の市内全域、荷川取しか聞いたことがない。大浦の渾名はウプラトーフツという。大浦は大浦多志という唐人が作ったといわれているので、唐の言葉(トーフツ)という渾名になった。島尻はスガムンンタガミと呼ばれた。ンタは泥、ガミは甕と亀の二つの意味がある。島尻は昔田んぼが多かったので、島尻の人は泥だらけになって働くという意味で付けられた。島尻のおじいさんが大浦の親戚の家に遊びに行って、何かの拍子に大浦のおじいさんがスガムンンタガミャと言ったら、島尻のおじいさんは激怒して大喧嘩になりそうだった。しかしそこに頓知の利く人がいて、ンタガミ(泥ガメ)ではなくてンティガミ(満杯の甕)だよ、と言って、その場は収まった。狩俣はカウマタアカミーとか、カウマタザウミーとか言われていた。狩俣は大浦、島尻に較べて湧水がないので、顔も余り洗わないからアカミー(赤目)、ザウミー(赤くただれた目)になっていたのではないか、という悪口。平良の市内地はピサラピグル(平良は冷たい)といわれ、荷川取はンキャドラナガチビ(荷川取の人は田舎者だから、長居して人に迷惑を掛ける)といわれている。この渾名は、地域性によって名付けられている。また、人頭税にも関係があるらしい。他部落に嫁に行ったりして人口が減ると、それだけ税が重くなるから、部落の偉い人が他部に悪い印象を与えるために名付けたかも知れない。

再生時間:13:23

民話詳細DATA

レコード番号 47O233214
CD番号 47O23C153
決定題名 宮古の集落の渾名(共通語)
話者がつけた題名
話者名 下地富雄
話者名かな しもじとみお
生年月日 19200401
性別
出身地 平良市大浦
記録日 19960224
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 平良T28A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情 父母から
文字化資料 平良市北部の民話H8卒論P146
キーワード 部落の渾名,人頭税
梗概(こうがい) 昔、宮古では他の部落に悪い渾名をつけて呼んでいて、そのことで大喧嘩にもなっていたそうだ。宮古のどの部落にも渾名があったと思うが、狩俣、大浦、島尻、平良の市内全域、荷川取しか聞いたことがない。大浦の渾名はウプラトーフツという。大浦は大浦多志という唐人が作ったといわれているので、唐の言葉(トーフツ)という渾名になった。島尻はスガムンンタガミと呼ばれた。ンタは泥、ガミは甕と亀の二つの意味がある。島尻は昔田んぼが多かったので、島尻の人は泥だらけになって働くという意味で付けられた。島尻のおじいさんが大浦の親戚の家に遊びに行って、何かの拍子に大浦のおじいさんがスガムンンタガミャと言ったら、島尻のおじいさんは激怒して大喧嘩になりそうだった。しかしそこに頓知の利く人がいて、ンタガミ(泥ガメ)ではなくてンティガミ(満杯の甕)だよ、と言って、その場は収まった。狩俣はカウマタアカミーとか、カウマタザウミーとか言われていた。狩俣は大浦、島尻に較べて湧水がないので、顔も余り洗わないからアカミー(赤目)、ザウミー(赤くただれた目)になっていたのではないか、という悪口。平良の市内地はピサラピグル(平良は冷たい)といわれ、荷川取はンキャドラナガチビ(荷川取の人は田舎者だから、長居して人に迷惑を掛ける)といわれている。この渾名は、地域性によって名付けられている。また、人頭税にも関係があるらしい。他部落に嫁に行ったりして人口が減ると、それだけ税が重くなるから、部落の偉い人が他部に悪い印象を与えるために名付けたかも知れない。
全体の記録時間数 13:23
物語の時間数 13:23
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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