大泊御嶽(共通語)

概要

7人の兄弟が船で漂流していた。潮の干満によって沖の方へ流されたり、島の近くへ寄って来たりしていた。兄弟は20日間くらい、魚などを食べて生きながらえていたが、ようやく陸にたどり着いた。そこがウプドゥマリ(大泊)である。現在、長男と末っ子が久松の大泊御嶽に、次男が与那覇、三男は来間に祀られている。大泊御嶽の石垣は、きれいに削られた石がただ重ねてあるだけのものである。

再生時間:3:34

民話詳細DATA

レコード番号 47O233180
CD番号 47O23C151
決定題名 大泊御嶽(共通語)
話者がつけた題名
話者名 与那覇松
話者名かな よなはまつ
生年月日 19060627
性別
出身地 平良市久貝
記録日 19960226
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 平良T24A08
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 7人の兄弟,漂流,祀り
梗概(こうがい) 7人の兄弟が船で漂流していた。潮の干満によって沖の方へ流されたり、島の近くへ寄って来たりしていた。兄弟は20日間くらい、魚などを食べて生きながらえていたが、ようやく陸にたどり着いた。そこがウプドゥマリ(大泊)である。現在、長男と末っ子が久松の大泊御嶽に、次男が与那覇、三男は来間に祀られている。大泊御嶽の石垣は、きれいに削られた石がただ重ねてあるだけのものである。
全体の記録時間数 3:34
物語の時間数 3:34
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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