久松の五勇士(共通語)

概要

ある漁師が一本釣りをしていた時、ロシアの軍艦が宮古の西の沖を東京に向かっていた。それを見た漁師は宮古の王様、宮古トーシに知らせた。当時、宮古には電報がなかったため、電報のある八重山へ行くことになった。八重山に行くには宮古の西の方に回って行かなければならなかったが、陸路で西の方へいってからの方が早いということで、五人は舟を担ぎ、西の浜へ出てそこから八重山へ向かった。夜通しくり舟を漕いで、翌朝八重山へ到着した。そこで電報を打つことが出来た。しかし、1時間前にその知らせは東京の方に届いており、東京から「ああ、遅かりし1時間」との知らせが来た。そのときの船長は松原出身の垣花善であった。五勇士の一人、与那覇カマは話者の父親の従兄に当たり、当時、兵隊だった。八重山へ行くことが決まった時、話者の父親が、「私が着替えを取ってくるから、着替えて行きなさい」と言ったが、「自分が直接行った方が時間的に早い」と答えて、着替えた後、八重山へ向かった。

再生時間:3:35

民話詳細DATA

レコード番号 47O233173
CD番号 47O23C150
決定題名 久松の五勇士(共通語)
話者がつけた題名
話者名 与那覇松
話者名かな よなはまつ
生年月日 19060627
性別
出身地 平良市久貝
記録日 19960226
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 平良T24A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード ロシア軍艦,八重山,打電,五勇士
梗概(こうがい) ある漁師が一本釣りをしていた時、ロシアの軍艦が宮古の西の沖を東京に向かっていた。それを見た漁師は宮古の王様、宮古トーシに知らせた。当時、宮古には電報がなかったため、電報のある八重山へ行くことになった。八重山に行くには宮古の西の方に回って行かなければならなかったが、陸路で西の方へいってからの方が早いということで、五人は舟を担ぎ、西の浜へ出てそこから八重山へ向かった。夜通しくり舟を漕いで、翌朝八重山へ到着した。そこで電報を打つことが出来た。しかし、1時間前にその知らせは東京の方に届いており、東京から「ああ、遅かりし1時間」との知らせが来た。そのときの船長は松原出身の垣花善であった。五勇士の一人、与那覇カマは話者の父親の従兄に当たり、当時、兵隊だった。八重山へ行くことが決まった時、話者の父親が、「私が着替えを取ってくるから、着替えて行きなさい」と言ったが、「自分が直接行った方が時間的に早い」と答えて、着替えた後、八重山へ向かった。
全体の記録時間数 3:35
物語の時間数 3:35
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP