
根間(ニーマ)の主は四島の主よりも前に狩俣を治めていた人である。昔、狩俣には東、中、西の三つの門があり、それぞれの門には番人がいた。一年に一日、門ふさぎの日があって、その日に門を出ると罰された。その囲いの中が、二つの部落に分かれていて、北の方(ニヌファ)を治めていたのはニーマの主というおじいさんだった(これは現在の区長のようなもの)。部落の一番北の山の方に、その人の屋敷があって、その屋敷の周辺には、食べた貝の殻が捨てられていて、最近までその貝殻が残っていた。ニーマの主が治めていたので、この部落をニーマ部落といっていた。ニーマは根間と書くが、根間の本家の長男の名字が伊良部で、次男が根間なので、長男は婿養子に行ったのではないかということだ。
| レコード番号 | 47O233093 |
|---|---|
| CD番号 | 47O23C145 |
| 決定題名 | 根間の主(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 狩俣昌喜 |
| 話者名かな | かりまたしょうき |
| 生年月日 | 19240715 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 平良市狩俣 |
| 記録日 | 19950828 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 平良T14A07 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 平良市北部の民話H8卒論P122 |
| キーワード | 根間の主,三つの門 |
| 梗概(こうがい) | 根間(ニーマ)の主は四島の主よりも前に狩俣を治めていた人である。昔、狩俣には東、中、西の三つの門があり、それぞれの門には番人がいた。一年に一日、門ふさぎの日があって、その日に門を出ると罰された。その囲いの中が、二つの部落に分かれていて、北の方(ニヌファ)を治めていたのはニーマの主というおじいさんだった(これは現在の区長のようなもの)。部落の一番北の山の方に、その人の屋敷があって、その屋敷の周辺には、食べた貝の殻が捨てられていて、最近までその貝殻が残っていた。ニーマの主が治めていたので、この部落をニーマ部落といっていた。ニーマは根間と書くが、根間の本家の長男の名字が伊良部で、次男が根間なので、長男は婿養子に行ったのではないかということだ。 |
| 全体の記録時間数 | 7:02 |
| 物語の時間数 | 7:02 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |