
このモーイ親方という人は、御主加那志の子の三男だったのか、親に見えるところでは勉強はしてないし、人目のある時は闘鶏といつも遊んですぐ野菜畑踏み荒らしているでしょう。そうして、いつも床下に隠れて、ぴかぴか光る螢を芋皮にこんなにして押し込んで包んで勉強をしていたらしい。だから、昔の人は、きかん坊ほど国を守る偉い人になから、「きかん坊は、あまり叱らない方がいい。」と言うのはモーイ親方を例えているわけらしい。そしたら、いつの間にかもう薩摩の国から沖縄の王に、「灰縄上納と雄鶏の卵と、弁の御嶽を持って来なさい。」と請求が来ているわけよ。お役人は、もう灰縄を請求されているので、「灰縄、そんなもの薩摩まで持って行かれるか。」とびっくりしていたら、モーイは八才ぐらいなのに、親の前に行って、「私が行きましょう。お父さん僕が行って来る。僕にやらせて。」と言うから、「お前は勉強少しもしないで親を悩ましていて、勉強のべの字も知らないくせに、あそこに親の代わりに行くか。」それで、「大丈夫行って来る。」と言って、もう洞窟に捨てられている年寄で、知っているものに習いに行くわけよ。年寄は学問はないけど、年の数だけの頭があるから、弁の御嶽と雄鶏の卵と灰縄と、それだけ請求が来たと御年寄から習ったわけ。「灰縄を持って来いというのはどうするかね。」とモーイが聞くと、お年寄りは、「縄は持って行って、向こうでお盆の上で燃してから御主加那志の前に持って行け。」と言うわけ。「じゃあ、雄鶏の卵は。」と言うと、「なんでお前が来たかと言えば、私のお父さんは産気づいていると言ったら、男が産気づかないと言うから、そんなら雄鶏が卵を産むかと言えばよい。」これは知恵比べなわけ。今度はまた、もう一つ、「では弁の御嶽は。」「琉球には、弁の御嶽を乗せる船はない。船を貸りに来ましたとそう言いなさい。そうしたら、そんな大きな船がないから向こうは負けているでしょう。」と言って、無学が勝ったわけよ。それで御年寄は宝だというらしい。もうその通りにしてモーイが難題を解いたので、もう内地の天皇陛下が、「お前は何が欲しいか。褒美をあげるけど。」と言うので、「何も欲しくないけど薩摩の王の席に、たった一分でいいから座りたい。」と言って、そこに座わり、そのころは、沖縄では貧乏人でも子供がもうンガーと生まれるとね、着物も着ないで生まれて来るのに、すぐ生まれた日から薩摩に七十銭の人の上納が出て、それが積もり積もって苦しんでいたからねえ、モーイは沖縄の上納紙を全部引き破ってきたわけよ。それで、沖縄に帰って来てから、年寄りに、「もうお前に助けられた。」と言って、年寄は宝というのはモーイ親方の時代からだよ。
| レコード番号 | 47O412961 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C119 |
| 決定題名 | モーイ親方 勉強 難題(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 山城カツ |
| 話者名かな | やましろかつ |
| 生年月日 | 19121221 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 石川市山城 |
| 記録日 | 19820803 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石川市T34B06 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 13 |
| 発句(ほっく) | 352 難題話―難題問答 |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | モーイ親方,勉強,闘鶏,床下,薩摩,灰縄上納,雄鶏の卵,弁の御嶽,年寄り, |
| 梗概(こうがい) | このモーイ親方という人は、御主加那志の子の三男だったのか、親に見えるところでは勉強はしてないし、人目のある時は闘鶏といつも遊んですぐ野菜畑踏み荒らしているでしょう。そうして、いつも床下に隠れて、ぴかぴか光る螢を芋皮にこんなにして押し込んで包んで勉強をしていたらしい。だから、昔の人は、きかん坊ほど国を守る偉い人になから、「きかん坊は、あまり叱らない方がいい。」と言うのはモーイ親方を例えているわけらしい。そしたら、いつの間にかもう薩摩の国から沖縄の王に、「灰縄上納と雄鶏の卵と、弁の御嶽を持って来なさい。」と請求が来ているわけよ。お役人は、もう灰縄を請求されているので、「灰縄、そんなもの薩摩まで持って行かれるか。」とびっくりしていたら、モーイは八才ぐらいなのに、親の前に行って、「私が行きましょう。お父さん僕が行って来る。僕にやらせて。」と言うから、「お前は勉強少しもしないで親を悩ましていて、勉強のべの字も知らないくせに、あそこに親の代わりに行くか。」それで、「大丈夫行って来る。」と言って、もう洞窟に捨てられている年寄で、知っているものに習いに行くわけよ。年寄は学問はないけど、年の数だけの頭があるから、弁の御嶽と雄鶏の卵と灰縄と、それだけ請求が来たと御年寄から習ったわけ。「灰縄を持って来いというのはどうするかね。」とモーイが聞くと、お年寄りは、「縄は持って行って、向こうでお盆の上で燃してから御主加那志の前に持って行け。」と言うわけ。「じゃあ、雄鶏の卵は。」と言うと、「なんでお前が来たかと言えば、私のお父さんは産気づいていると言ったら、男が産気づかないと言うから、そんなら雄鶏が卵を産むかと言えばよい。」これは知恵比べなわけ。今度はまた、もう一つ、「では弁の御嶽は。」「琉球には、弁の御嶽を乗せる船はない。船を貸りに来ましたとそう言いなさい。そうしたら、そんな大きな船がないから向こうは負けているでしょう。」と言って、無学が勝ったわけよ。それで御年寄は宝だというらしい。もうその通りにしてモーイが難題を解いたので、もう内地の天皇陛下が、「お前は何が欲しいか。褒美をあげるけど。」と言うので、「何も欲しくないけど薩摩の王の席に、たった一分でいいから座りたい。」と言って、そこに座わり、そのころは、沖縄では貧乏人でも子供がもうンガーと生まれるとね、着物も着ないで生まれて来るのに、すぐ生まれた日から薩摩に七十銭の人の上納が出て、それが積もり積もって苦しんでいたからねえ、モーイは沖縄の上納紙を全部引き破ってきたわけよ。それで、沖縄に帰って来てから、年寄りに、「もうお前に助けられた。」と言って、年寄は宝というのはモーイ親方の時代からだよ。 |
| 全体の記録時間数 | 4:32 |
| 物語の時間数 | 4:28 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |