美原の始まり(シマグチ)

概要

美原部落は、戦前は後原(くしばる)という部落だった。現在は百三十世帯ぐらいの家があるが、以前は七、八世帯、せいぜいあるとしても十世帯ぐらいしかなかったはず。これは、明治の廃藩置県、首里城がなくなって沖縄県になるという時、首里城に勤めていた三代ぐらい上のタンメーたちが仕事を失って、「もう首里にいて生活はできない。」と、田合下りをした際、探し求めてたどり着いた所が、後原というところだった。東恩納の部落は、もともとそこで暮らしている地元の人たちが多くいたため、地形の悪い不便な未開地の後原(くしばる)に、「ここを開墾して生活しよう。」と集まった仲間たちや、タンメーらがそこを耕し、部落を作った。その部落が、後原屋取(くしばるやーどぅい)ということになった。それで、ずっとそこに根をおろし生活し、子や孫たちも繁盛し、仲間の子孫も広がった。その当時の家は十家庭ぐらいで、よめるぐらいしかなかった。瑞慶山(ずけやま)、友寄(ともよせ)、根路銘(ねろめ)、佐久川(さくがわ)、喜瀬(きせ)、渡久地(とぐち)、上地(うえち)といったような。美原部落というところは、その仲間たちから繁盛している子や孫たちなので、ほとんどがみんな兄弟か従兄弟にあたる。そういうことから、この部落は他の部落とは一風かわっている部落ともいえる。戦後、後原はよい所だということで移住してきた人たちもいくらかはいるが、もとは、ほとんどが七つの家庭から出たもので、その子孫が今の美原部落をつくっているわけです。

再生時間:5:38

民話詳細DATA

レコード番号 47O412750
CD番号 47O41C110
決定題名 美原の始まり(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 喜瀬守栄
話者名かな きせしゅえい
生年月日 19141201
性別
出身地 具志川市
記録日 19820802
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石川市T26B03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 美原部落,後原,廃藩置県,首里城,東恩納,開墾,後原屋取,瑞慶山,友寄,根路銘,佐久川,喜瀬(,渡久地,上地
梗概(こうがい) 美原部落は、戦前は後原(くしばる)という部落だった。現在は百三十世帯ぐらいの家があるが、以前は七、八世帯、せいぜいあるとしても十世帯ぐらいしかなかったはず。これは、明治の廃藩置県、首里城がなくなって沖縄県になるという時、首里城に勤めていた三代ぐらい上のタンメーたちが仕事を失って、「もう首里にいて生活はできない。」と、田合下りをした際、探し求めてたどり着いた所が、後原というところだった。東恩納の部落は、もともとそこで暮らしている地元の人たちが多くいたため、地形の悪い不便な未開地の後原(くしばる)に、「ここを開墾して生活しよう。」と集まった仲間たちや、タンメーらがそこを耕し、部落を作った。その部落が、後原屋取(くしばるやーどぅい)ということになった。それで、ずっとそこに根をおろし生活し、子や孫たちも繁盛し、仲間の子孫も広がった。その当時の家は十家庭ぐらいで、よめるぐらいしかなかった。瑞慶山(ずけやま)、友寄(ともよせ)、根路銘(ねろめ)、佐久川(さくがわ)、喜瀬(きせ)、渡久地(とぐち)、上地(うえち)といったような。美原部落というところは、その仲間たちから繁盛している子や孫たちなので、ほとんどがみんな兄弟か従兄弟にあたる。そういうことから、この部落は他の部落とは一風かわっている部落ともいえる。戦後、後原はよい所だということで移住してきた人たちもいくらかはいるが、もとは、ほとんどが七つの家庭から出たもので、その子孫が今の美原部落をつくっているわけです。
全体の記録時間数 6:33
物語の時間数 5:38
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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