
尚敬王時代なんですがねえ、鬼大城(うにうーぐしく)という武士がおったわけですよね、その人の子孫はアダンナーという門中で、今でも石川におりますがねえ。その人はすごい武士であったというんですよ。鬼大城と名前からすると鬼みたいな感じがするんですが、本当は非常に忠臣で、後には越来の按司になった人なんです。勝連城址におった屋良のアマンジャナー、これを滅ぼしたのもこの人なんですよ。で、この人は、どのくらいの武勇があったかということですがね。この人は毎日武勇のけいこをする時は、一つでですね、四斤(二キロ四○○グラム)の石を二つ持ってきてですね、これでお手玉をして遊ぷというほどの強力な腕に力のある武士であったというんですよね。それから、ある時、この人が昔の六尺棒を村の青年たちと冗談して道の真中に突き立てたそうです。そして、青年たちに、「この棒を抜いてみなさい。」と言ったら誰も道の中に突き立てた棒を抜ききれなかったというんですよね。「仕方がないから、鍬を持ってきて掘らなければ抜けない。」と言っておったと。ところが、この鬼大城はですね、「そのくらいの棒も抜けないのか。」と言ってね、プッと抜いてしまったと。青年達が四、五名かかっても抜くことのできない棒をですねえ、こうなんなく抜いてしまうというそのくらいの武勇ですね。もう一つの武勇伝は、この人は左の手のひらに石臼を乗せてですね、そして、右手でこうまわしてですね、麦の粉をひいたというんですよ。それくらいの強力者であったということです。
| レコード番号 | 47O412564 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C102 |
| 決定題名 | 鬼大城の大力(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 比嘉喜八 |
| 話者名かな | ひがきはち |
| 生年月日 | 19090821 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 石川市東恩納 |
| 記録日 | 19820613 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石川市T18A04 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | いしかわの民話伝説編P40 |
| キーワード | 鬼大城,武士,アダンナー,門中,越来の按司,勝連城址,屋良のアマンジャナー,六尺棒,強力者 |
| 梗概(こうがい) | 尚敬王時代なんですがねえ、鬼大城(うにうーぐしく)という武士がおったわけですよね、その人の子孫はアダンナーという門中で、今でも石川におりますがねえ。その人はすごい武士であったというんですよ。鬼大城と名前からすると鬼みたいな感じがするんですが、本当は非常に忠臣で、後には越来の按司になった人なんです。勝連城址におった屋良のアマンジャナー、これを滅ぼしたのもこの人なんですよ。で、この人は、どのくらいの武勇があったかということですがね。この人は毎日武勇のけいこをする時は、一つでですね、四斤(二キロ四○○グラム)の石を二つ持ってきてですね、これでお手玉をして遊ぷというほどの強力な腕に力のある武士であったというんですよね。それから、ある時、この人が昔の六尺棒を村の青年たちと冗談して道の真中に突き立てたそうです。そして、青年たちに、「この棒を抜いてみなさい。」と言ったら誰も道の中に突き立てた棒を抜ききれなかったというんですよね。「仕方がないから、鍬を持ってきて掘らなければ抜けない。」と言っておったと。ところが、この鬼大城はですね、「そのくらいの棒も抜けないのか。」と言ってね、プッと抜いてしまったと。青年達が四、五名かかっても抜くことのできない棒をですねえ、こうなんなく抜いてしまうというそのくらいの武勇ですね。もう一つの武勇伝は、この人は左の手のひらに石臼を乗せてですね、そして、右手でこうまわしてですね、麦の粉をひいたというんですよ。それくらいの強力者であったということです。 |
| 全体の記録時間数 | 2:59 |
| 物語の時間数 | 2:50 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |