石川の仲大道ウスメー(共通語)

概要

仲大道(なーかうふみち)ウスメーの話を、まず、一言話してみましょう。このウスメーはね、一○一才で亡くなりましたよ。ウスメーは頭がよくてね、昔の役場、その当時の役場は美里村字石川ね、役場に勤めることになったんだって。また、このウスメーの仕事というのが、今でいう税務関係の仕事だったらしい。それで、その当時、昔は財産があると税金も多く取られたので、みんな、それをおそれて、田や畑を買う人は、だれもいなかった。そのころは山といっても、一銭もしなかったんだって。一銭もしないが、それでも、税金が多く出るのをおそれて、みんな買わなかった。だけど、そのウスメーは、もうみんなが買わなければ、私が買おうということで、石川のいいところは、かなりの広さ、何万坪という土地を買って。そのウスメーが買った土地が、今でも残っているよ。ほら、土地を買うと税金が多く出るでしょう。だから、みんな税金のことを心配して買わなかったんだが、その時に買ったウスメーの土地は、今も残っていますがね、このウスメーは、かしこかったんでしょうね。私たちも以前は貧しかったので、そのウスメーが、いつも私たちのじいさんに、「土地を買うのなら、私がお金を貸してあげるよ。」というふうなことをいってたもんだから、私たちのじいさんは、「それならウスメー、どこそこに畑を売る人がいるのでお金を貸して下さい。」といって、そうして、ウスメーからお金を貸りては、土地を買い、次第次第に財産をふやしていった。私たちの家は、あのお爺さんのおかげで、こんなに財産もふやすことができたんですよ。それで、今でも、私たちとしても、お盆や正月には、いつもウスメーのところへ行って、おかげさまでと、こういうふうに、あいさつをしに行くんですよね。だけど、あのウスメーも以前は貧しい暮しをしていて役場へ勤めながら、田んぼも作り、妻のお母さんも一緒に夜おそくまで稲をシリ、シーリー、もみひきをした。そして、その米がふるいからよりわけられ、下に落ちた小米は自分らが食べて、丸いお米は売った。ああ、こんなふうにして財産を貯わえたんだなあ、…と思うんです。それで、そのウスメーが、私たちのじいさんにも、いつもいっていたんだって。私たちの生みの親のおじさんだったよ。このウスメーの話は、私たちが小さい頃のことだが、ウスメーがいっていたことは、みんな本当だったんだよ。土地を買う人には、お金を貸してもいいと。だけど、家を造る人には貸さない。土地を買う人や、畑を買ったり田んぼを買ったりする人には、貧乏者でもたくさん貸してあげていたんだって。そのじいさんの偉いなあと思う話は、もう今でも忘れられないんですよね。戦争が起っても、土地はそのまま残るが、家を造って戦争がきたら家はなくなるでしょう。それで、土地を買う人にはお金を貸していいが、家を造る人には貸すなというふうな予言、うちらにもやりよった。このお爺さんがね。こんな有名なお爺さんだったんだなあと、そのウスメーが話していたことを私ね、つくづく今になって感じるわけですよねえ。もうあのウスメーは石川中でも、その人と伊波久一さんなどは、有名な人ではないかねえ、青年たちにとっても、一番恩のある人だった。昔は石川の浜ね、浜で馬の競争があったんですよね、それで、その時の、・四月のアブシバレーの時、私たちにね、昔の、昔の五銭ずつをくれたんですよね。アメ玉を買いなさいということで。小さいアメ玉があったでしょう、そういうお菓子を買って食べなさいといって、五銭ずつくれたんですよね。昔の、昔の五銭というと、もうもう大変大きな金額なんですよね。私たちが、こんな小さい、幼ない時分にはね。このウスメーの話は、いつも思い出すんですよ、いつも、お爺さんのことは。それで、昔は学校へはいつもねお爺さんの畑の側を通っていたわけ。すると、朝ね学校へ行く時分、そのじいさんは、もう必ずそこにいて畑仕事をしていたんだよ。それで、「学校へ行ったら、先生のいうことはよく聞きなさいよね。」といって、うちらがね、一年の時なんか頭をなでてよ、「先生のいうことはよく聞きなさいよね。」ということをね、うちらにいつもいっていた。それでね、このお爺さんは偉いねえと思うのはね。このお爺さんは牛も馬も飼っていたんだが、草刈りはいつも自分の畑の側で、自分の畑の側で刈り、よそには行かない。どうしてかというとね、昔は、畑から芋を掘って盗む人が多くいたらしくてね、それで、そこでいつも、ウスメーは自分の畑の側あたりから草を刈っていたので、芋も盗まれることは全然なかったんだって。それは今でいう警戒さあねえ。ちょうど、警察の人が、どこもかもまわるパトロールと同じようなもので。いつも牛の草刈りには自分の畑に。また、田んぼも、ずっと、石川の前当原にたくさんあったんですがね。毎日朝はここで、午後からはあちらへというふうに、牛の草もね、馬の草もみんな、自分の畑の側から刈っていたわけ。今になって、非常に、そのウスメー偉かったんだなあとうちら、ほんとに思うわけね。はい。忘れることのできない仲大道ウスメーの話でありました。

再生時間:8:08

民話詳細DATA

レコード番号 47O412440
CD番号 47O41C095
決定題名 石川の仲大道ウスメー(共通語)
話者がつけた題名
話者名 伊波栄吉
話者名かな いはえいきち
生年月日 19150210
性別
出身地 石川市石川
記録日 19820613
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石川市T11A02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 いしかわの民話伝説編P106
キーワード 仲大道ウスメー,役場,美里村字石川,税金,伊波久一
梗概(こうがい) 仲大道(なーかうふみち)ウスメーの話を、まず、一言話してみましょう。このウスメーはね、一○一才で亡くなりましたよ。ウスメーは頭がよくてね、昔の役場、その当時の役場は美里村字石川ね、役場に勤めることになったんだって。また、このウスメーの仕事というのが、今でいう税務関係の仕事だったらしい。それで、その当時、昔は財産があると税金も多く取られたので、みんな、それをおそれて、田や畑を買う人は、だれもいなかった。そのころは山といっても、一銭もしなかったんだって。一銭もしないが、それでも、税金が多く出るのをおそれて、みんな買わなかった。だけど、そのウスメーは、もうみんなが買わなければ、私が買おうということで、石川のいいところは、かなりの広さ、何万坪という土地を買って。そのウスメーが買った土地が、今でも残っているよ。ほら、土地を買うと税金が多く出るでしょう。だから、みんな税金のことを心配して買わなかったんだが、その時に買ったウスメーの土地は、今も残っていますがね、このウスメーは、かしこかったんでしょうね。私たちも以前は貧しかったので、そのウスメーが、いつも私たちのじいさんに、「土地を買うのなら、私がお金を貸してあげるよ。」というふうなことをいってたもんだから、私たちのじいさんは、「それならウスメー、どこそこに畑を売る人がいるのでお金を貸して下さい。」といって、そうして、ウスメーからお金を貸りては、土地を買い、次第次第に財産をふやしていった。私たちの家は、あのお爺さんのおかげで、こんなに財産もふやすことができたんですよ。それで、今でも、私たちとしても、お盆や正月には、いつもウスメーのところへ行って、おかげさまでと、こういうふうに、あいさつをしに行くんですよね。だけど、あのウスメーも以前は貧しい暮しをしていて役場へ勤めながら、田んぼも作り、妻のお母さんも一緒に夜おそくまで稲をシリ、シーリー、もみひきをした。そして、その米がふるいからよりわけられ、下に落ちた小米は自分らが食べて、丸いお米は売った。ああ、こんなふうにして財産を貯わえたんだなあ、…と思うんです。それで、そのウスメーが、私たちのじいさんにも、いつもいっていたんだって。私たちの生みの親のおじさんだったよ。このウスメーの話は、私たちが小さい頃のことだが、ウスメーがいっていたことは、みんな本当だったんだよ。土地を買う人には、お金を貸してもいいと。だけど、家を造る人には貸さない。土地を買う人や、畑を買ったり田んぼを買ったりする人には、貧乏者でもたくさん貸してあげていたんだって。そのじいさんの偉いなあと思う話は、もう今でも忘れられないんですよね。戦争が起っても、土地はそのまま残るが、家を造って戦争がきたら家はなくなるでしょう。それで、土地を買う人にはお金を貸していいが、家を造る人には貸すなというふうな予言、うちらにもやりよった。このお爺さんがね。こんな有名なお爺さんだったんだなあと、そのウスメーが話していたことを私ね、つくづく今になって感じるわけですよねえ。もうあのウスメーは石川中でも、その人と伊波久一さんなどは、有名な人ではないかねえ、青年たちにとっても、一番恩のある人だった。昔は石川の浜ね、浜で馬の競争があったんですよね、それで、その時の、・四月のアブシバレーの時、私たちにね、昔の、昔の五銭ずつをくれたんですよね。アメ玉を買いなさいということで。小さいアメ玉があったでしょう、そういうお菓子を買って食べなさいといって、五銭ずつくれたんですよね。昔の、昔の五銭というと、もうもう大変大きな金額なんですよね。私たちが、こんな小さい、幼ない時分にはね。このウスメーの話は、いつも思い出すんですよ、いつも、お爺さんのことは。それで、昔は学校へはいつもねお爺さんの畑の側を通っていたわけ。すると、朝ね学校へ行く時分、そのじいさんは、もう必ずそこにいて畑仕事をしていたんだよ。それで、「学校へ行ったら、先生のいうことはよく聞きなさいよね。」といって、うちらがね、一年の時なんか頭をなでてよ、「先生のいうことはよく聞きなさいよね。」ということをね、うちらにいつもいっていた。それでね、このお爺さんは偉いねえと思うのはね。このお爺さんは牛も馬も飼っていたんだが、草刈りはいつも自分の畑の側で、自分の畑の側で刈り、よそには行かない。どうしてかというとね、昔は、畑から芋を掘って盗む人が多くいたらしくてね、それで、そこでいつも、ウスメーは自分の畑の側あたりから草を刈っていたので、芋も盗まれることは全然なかったんだって。それは今でいう警戒さあねえ。ちょうど、警察の人が、どこもかもまわるパトロールと同じようなもので。いつも牛の草刈りには自分の畑に。また、田んぼも、ずっと、石川の前当原にたくさんあったんですがね。毎日朝はここで、午後からはあちらへというふうに、牛の草もね、馬の草もみんな、自分の畑の側から刈っていたわけ。今になって、非常に、そのウスメー偉かったんだなあとうちら、ほんとに思うわけね。はい。忘れることのできない仲大道ウスメーの話でありました。
全体の記録時間数 8:17
物語の時間数 8:08
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP