
大昔、アーマンチューというこれはもう大層力持ちの大きな人がいらっしゃったということだが、その人が西の海から土や砂を入れ物に入れて、東へ向って歩いて行く時に、その入れ物から土が少し落ちてしまったが、かまわずにそのまま前に歩いていると棒が折れてしまって、それで、そこには、もう担ぐ棒も入れ物もないものだから、そのまま放ってしまった。そして、そのアーマンチューは、もうそれを担いで行くのをあきらめて、東へ向って進んで行こうとして、平安座へ跨がろうとしたら、足場があんまり遠くて、踏ん張った足に力を入れすぎたんで、踏ん張った跡が窪んで、その跡形が石川のイリブックと呼ばれるところに今まで残っていたよ。それで、そのアーマンチューは股が引き裂けて、海に落ちて死んでしまったという話。アーマンチューの骨は、波に流されて浜比嘉島に打ち上げられたので、あそこの人たちが丁寧に葬むって、今でも崇めているということです。その畚から落ちた土が、今でも石川の田んぼに残っていて、クシマムイと呼ばれ、ちょうど山のような丘になっている。またその担いでいた棒が折れて、そのまま放ったというところが、石川字の村の中心と思われているそこにちゃんとある。後々になってから、石川村を作る時、そこは、そういう霊力の高いいわれのある所だから、部落民の心のよりどころとして残そうと。そして、そこに世栄津(ゆーえーちゅー)と名をつけて、字の人たちはみんなそこを拝み、作物の豊作と子や孫の繁盛をお祈りし、また、そこでは毎年村芝居とか、村の集りもし、霊力の高い御嶽として崇めていたところだよ。そして、世栄津に通じるところが後々には石川の中心となり、そこから石川部落の家庭というものは始まり栄えているようだ。そこに崖下庫理(はんたしちゃぐい)という家がありますが、下倉理というのはどういう意味かというと、その時分の上納は稲とか作物で納めていたので、それを集めて納める倉の神だったので、それで、そこを倉んた中という言い伝えもあるような話でございます。
| レコード番号 | 47O412235 |
|---|---|
| CD番号 | 47O41C086 |
| 決定題名 | 世栄津(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 伊波久蔵 |
| 話者名かな | いはきゅうぞう |
| 生年月日 | 19271103 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 石川市石川 |
| 記録日 | 19820314 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石川市T02A04 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | いしかわの民話伝説編P19 |
| キーワード | アーマンチュー,力持ち,西の海,土や砂,棒,平安座,跡形,石川のイリブック,浜比嘉島,石川の田んぼ,クシマムイ,霊力,世栄津,崖下庫理 |
| 梗概(こうがい) | 大昔、アーマンチューというこれはもう大層力持ちの大きな人がいらっしゃったということだが、その人が西の海から土や砂を入れ物に入れて、東へ向って歩いて行く時に、その入れ物から土が少し落ちてしまったが、かまわずにそのまま前に歩いていると棒が折れてしまって、それで、そこには、もう担ぐ棒も入れ物もないものだから、そのまま放ってしまった。そして、そのアーマンチューは、もうそれを担いで行くのをあきらめて、東へ向って進んで行こうとして、平安座へ跨がろうとしたら、足場があんまり遠くて、踏ん張った足に力を入れすぎたんで、踏ん張った跡が窪んで、その跡形が石川のイリブックと呼ばれるところに今まで残っていたよ。それで、そのアーマンチューは股が引き裂けて、海に落ちて死んでしまったという話。アーマンチューの骨は、波に流されて浜比嘉島に打ち上げられたので、あそこの人たちが丁寧に葬むって、今でも崇めているということです。その畚から落ちた土が、今でも石川の田んぼに残っていて、クシマムイと呼ばれ、ちょうど山のような丘になっている。またその担いでいた棒が折れて、そのまま放ったというところが、石川字の村の中心と思われているそこにちゃんとある。後々になってから、石川村を作る時、そこは、そういう霊力の高いいわれのある所だから、部落民の心のよりどころとして残そうと。そして、そこに世栄津(ゆーえーちゅー)と名をつけて、字の人たちはみんなそこを拝み、作物の豊作と子や孫の繁盛をお祈りし、また、そこでは毎年村芝居とか、村の集りもし、霊力の高い御嶽として崇めていたところだよ。そして、世栄津に通じるところが後々には石川の中心となり、そこから石川部落の家庭というものは始まり栄えているようだ。そこに崖下庫理(はんたしちゃぐい)という家がありますが、下倉理というのはどういう意味かというと、その時分の上納は稲とか作物で納めていたので、それを集めて納める倉の神だったので、それで、そこを倉んた中という言い伝えもあるような話でございます。 |
| 全体の記録時間数 | 4:07 |
| 物語の時間数 | 4:07 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |