冨着カンジェーク(共通語)

概要

私が学校卒業して十四、十五歳のころ、豊原のミチーグヮーのタンメー(おじいさん)といってね、この人は馬博労だがね、「おい、カマドゥー、お前はもう学校も卒業していることだし、馬を買い養わそうね。」と、家畜を飼わないかぎり、農家でも堆肥とかなんとかないさあね。「そうしような。」と言ったんで、「そうして下さい。」と言って、あの人に連れられてね、山原に一緒に行ったわけなんですよね。地下足袋もないころで、平良川の店から、アダンで作った草履を買ったが、ちょうど山原の西恩納の富着までには切れてしまったよ。それで、裸足でね、その馬ぐゎー(子馬を)買いに行ったんだが。あの人が買って私に養わさせるわけなんですがね。それで、あの当時はもう食堂もないんですよね。もう腹はぺこぺこなってね、「この辺りに知り合いがいるから、そこで、芋をもらって食べような。」と言われたから、「ああ、そうしてくれませんか、ひもじくて、歩くこともできないから。」と言ったわけさ。そのタンメーと、富着カンゼークという家に行ったんですよね。あちらに行って、「あなた方の、馬を譲ってくれませんか。」と言ったら、向こうはまた、「この馬は、非常に車引きがうまいから、売らない。」と。あの当時は、農業には非常に馬の働きが重要で大事にして売らない。「もう、売らないものは、買えないからよろしいです。」と、諦めた。あちらの富着カンゼークのお母さんにね、「姉さん、この子どもはひもじいというから芋を一つ食べさせてくれないか。」と、芋をねだったんだがね、「うん、ちょっと待って下さいよ。」と言ってね、田畑があって、穀物類も豊富にある家だったので、わざわざご飯を炊いて食事をさせてもらったんです。そこからの帰りの話ですが。カンゼークの家はですね、田畑も大分あって、もう金持ちだったようだね。それで、ある日、この風水クマー(風水師)という三世相が、「この屋敷の前後はハンタ(崖っぷち)だが、この家には風水も何もない。こんなに栄えているのは珍しいなあ。」と思ってですね、屋敷の周辺を見たりしていた。昔の人は、クサティ(後ろだて)がなければ、家は栄えないと言っていたからね。そして、そこの主人に、「あなた方の墓敷地までは見せてくれませんか。」と風水ミーが言うたらしいんだよね。そう言われて、墓まで、お供して行く途中に、下男たちが稲刈りをして干した稲を担いで行くのを見た。それで、主人はね、隠れてしまったらしいんだよ。その風水ミーは、どうしたのかなあと思ったらしいんです。それで、あとから聞いたら、「うちの下男たちが、稲を盗んでいるところを、私が見てしまうと彼らを困らせるから。恥ずかしい思いをさせたらいけないから、それで、隠れた。」と言ったそうだね。風水ミーはね、「なるほど、この人は愛情があって、情け深い人だなあ。それなら、あなた方の墓の風水も何も見る必要はない。」と言ってね、引っ返したという話を聞いた。奉公人に対する愛情と情けでその家は大分栄えたんだなあと思うよ。

再生時間:7:52

民話詳細DATA

レコード番号 47O421840
CD番号 47O42C057
決定題名 冨着カンジェーク(共通語)
話者がつけた題名
話者名 仲松弥盛
話者名かな なかまつやせい
生年月日 19120506
性別
出身地 具志川市江洲
記録日 19800806
記録者の所属組織 沖縄口承文芸調査団
元テープ番号 具志川市T52 A7
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 具志川市史第3巻上695頁
キーワード 馬,冨着カンジェーク,博労,芋,風水見,稲
梗概(こうがい) 私が学校卒業して十四、十五歳のころ、豊原のミチーグヮーのタンメー(おじいさん)といってね、この人は馬博労だがね、「おい、カマドゥー、お前はもう学校も卒業していることだし、馬を買い養わそうね。」と、家畜を飼わないかぎり、農家でも堆肥とかなんとかないさあね。「そうしような。」と言ったんで、「そうして下さい。」と言って、あの人に連れられてね、山原に一緒に行ったわけなんですよね。地下足袋もないころで、平良川の店から、アダンで作った草履を買ったが、ちょうど山原の西恩納の富着までには切れてしまったよ。それで、裸足でね、その馬ぐゎー(子馬を)買いに行ったんだが。あの人が買って私に養わさせるわけなんですがね。それで、あの当時はもう食堂もないんですよね。もう腹はぺこぺこなってね、「この辺りに知り合いがいるから、そこで、芋をもらって食べような。」と言われたから、「ああ、そうしてくれませんか、ひもじくて、歩くこともできないから。」と言ったわけさ。そのタンメーと、富着カンゼークという家に行ったんですよね。あちらに行って、「あなた方の、馬を譲ってくれませんか。」と言ったら、向こうはまた、「この馬は、非常に車引きがうまいから、売らない。」と。あの当時は、農業には非常に馬の働きが重要で大事にして売らない。「もう、売らないものは、買えないからよろしいです。」と、諦めた。あちらの富着カンゼークのお母さんにね、「姉さん、この子どもはひもじいというから芋を一つ食べさせてくれないか。」と、芋をねだったんだがね、「うん、ちょっと待って下さいよ。」と言ってね、田畑があって、穀物類も豊富にある家だったので、わざわざご飯を炊いて食事をさせてもらったんです。そこからの帰りの話ですが。カンゼークの家はですね、田畑も大分あって、もう金持ちだったようだね。それで、ある日、この風水クマー(風水師)という三世相が、「この屋敷の前後はハンタ(崖っぷち)だが、この家には風水も何もない。こんなに栄えているのは珍しいなあ。」と思ってですね、屋敷の周辺を見たりしていた。昔の人は、クサティ(後ろだて)がなければ、家は栄えないと言っていたからね。そして、そこの主人に、「あなた方の墓敷地までは見せてくれませんか。」と風水ミーが言うたらしいんだよね。そう言われて、墓まで、お供して行く途中に、下男たちが稲刈りをして干した稲を担いで行くのを見た。それで、主人はね、隠れてしまったらしいんだよ。その風水ミーは、どうしたのかなあと思ったらしいんです。それで、あとから聞いたら、「うちの下男たちが、稲を盗んでいるところを、私が見てしまうと彼らを困らせるから。恥ずかしい思いをさせたらいけないから、それで、隠れた。」と言ったそうだね。風水ミーはね、「なるほど、この人は愛情があって、情け深い人だなあ。それなら、あなた方の墓の風水も何も見る必要はない。」と言ってね、引っ返したという話を聞いた。奉公人に対する愛情と情けでその家は大分栄えたんだなあと思うよ。
全体の記録時間数 7:52
物語の時間数 7:52
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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