
名護親方の話をしてみようね。名護親方には、男の子が一人いたそうだが、その子を失ってしまった。母親は、もう、一人息子だったので、毎日、お墓に通って泣きくれてどうにもならなかった。名護親方が、自分の妻に、「あれは、私たちの子どもではないから、君は、墓参りに行くことはないよ。」と言った。しかし、母親はあきらめきれずに、毎日、墓に通っていた。「君は、そう言っても聞かない。そんなふうに、墓に通って泣きくれると、君の体のためにはならないよ。」と言い、墓に連れて行って、「もう私たちの子どもではないから見てごらん。」と言った。そうして、墓を開けて見たら、死んだときに着けさせてあった、着物だけが残っていた。この肉腹とか死体などはどこにもなかった。また、昔は死んだ人を食べるということが、世の中にはあったというが、名護親方が、人間は食べるものではない。豚を殺して食べるようにと、一つ、一つ教えて、それから、「悪いことをしてはいけないよ。神もいらっしゃる。仏もいらっしゃるよ。」と、言って教えたのも名護親方であった。それから、名護親方は、アカマターが美女を騙すということもお分かりになっていた。どういうことかというと、女が小便したあとに、アカマターが尻尾で字を書くと、女を狂わす字であるって。そうして、女を騙したって。名護親方は、それを分かっていたので、こんなことが世間に知れたら大変だと、誰にも教えないでいたそうだよ。それから、もう一つ名護親方の家造りの話。家を造るときには、地鎮祭とか柱建て、棟上げ、それから、完成しての祝とか、今でも、大工たちをもてなすが、名護親方は、どんなときにも大工たちをもてなさなかったそうだよ。そうした家造りのときに、大工の頭梁が、「もう、この人はもてなしてはくれないので、家に帰るときには、各自、一つずつ持って行けよ。」と、材木を持って帰ったらしい。そうして、買っても、買っても、「材木が不足だ。」と言うと、名護親方はまた、買って置いたそうだよ。ある日、大工たちの三時休みのとき、一緒にお茶を飲みながら座っていると、雀が群れてさえずっていた。名護親方が、それを見て、「おい、お前たち。あの雀が喋っていることが、分かるか。」と、大工たちに聞いたら、「はあ、雀が喋りますか。」「彼らは、喋っているよ。」 「何と言っていますか。」「首里の坂下で、米を積んだ馬が転んで俵が破れているから、その米を喰いに行こう、と言っている。誰でもいいから、一人、首里の坂下に行ってごらん。手間は、私が払うから見ておいで。」と、行かせたらしい。そうして、行ってみると、国中の雀が集まって、米を喰っていたって。「ああ、この人は偉い方だよ国中の雀が集まっていて、米を喰っていたよ。」と話したらしい。そうしたら、「もう、この人は、私たちが毎日、家に材木を持ち帰っていることを、分かっていらっしゃるので返さないといけない。」ということになった。そうしたら、今度は、材木は余ったって。それから、再び家造りをしている所へいらしたとき、今まではもてなさなかったのでと、お金を各自の袋に詰めて、「毎日、君たちをもてなしたかったが、それをしなかったのは、君たちには子供や妻がいるし、お金なら家庭のためにもなると思ったので、これを持って行きなさい。」と、渡したそうだよ。そうされたので、この頭梁は、「私たちが悪かった。」と思ったが、この家の中柱の一つを逆に据えてしまってあったらしい。それで、「私に、斧踊りをさせてもらえませんか、させてください。」と、お願いしたわけ。そうすれば、逆に据えた中柱に傷をつけて交換できると思ったわけだが、そのことを、名護親方は分かっていらして、「今からはいい。交換するな。私たちの家は、逆柱を立てられたお陰で、三代の富を養子に継ぐことになる。逆柱を立てたお前たちは、そういうことをしたら、子孫がとだえるよ。」と言ったって。だから、大工は逆柱を立てないように、気をつけなければならないという話である。名護親方は、なんでもお分かりになる方だったって。
| レコード番号 | 47O421797 |
|---|---|
| CD番号 | 47O42C055 |
| 決定題名 | 名護親方(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 古謝振裕 |
| 話者名かな | こじゃしんゆう |
| 生年月日 | 19080605 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 具志川市西原 |
| 記録日 | 19800801 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸調査団 |
| 元テープ番号 | - |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 雨降りや祝の席などに聞いた |
| 文字化資料 | 具志川市史第3巻上657頁 |
| キーワード | 名護親方,墓参り,アカマタ,小便,豚,神仏,棟梁,逆柱, |
| 梗概(こうがい) | 名護親方の話をしてみようね。名護親方には、男の子が一人いたそうだが、その子を失ってしまった。母親は、もう、一人息子だったので、毎日、お墓に通って泣きくれてどうにもならなかった。名護親方が、自分の妻に、「あれは、私たちの子どもではないから、君は、墓参りに行くことはないよ。」と言った。しかし、母親はあきらめきれずに、毎日、墓に通っていた。「君は、そう言っても聞かない。そんなふうに、墓に通って泣きくれると、君の体のためにはならないよ。」と言い、墓に連れて行って、「もう私たちの子どもではないから見てごらん。」と言った。そうして、墓を開けて見たら、死んだときに着けさせてあった、着物だけが残っていた。この肉腹とか死体などはどこにもなかった。また、昔は死んだ人を食べるということが、世の中にはあったというが、名護親方が、人間は食べるものではない。豚を殺して食べるようにと、一つ、一つ教えて、それから、「悪いことをしてはいけないよ。神もいらっしゃる。仏もいらっしゃるよ。」と、言って教えたのも名護親方であった。それから、名護親方は、アカマターが美女を騙すということもお分かりになっていた。どういうことかというと、女が小便したあとに、アカマターが尻尾で字を書くと、女を狂わす字であるって。そうして、女を騙したって。名護親方は、それを分かっていたので、こんなことが世間に知れたら大変だと、誰にも教えないでいたそうだよ。それから、もう一つ名護親方の家造りの話。家を造るときには、地鎮祭とか柱建て、棟上げ、それから、完成しての祝とか、今でも、大工たちをもてなすが、名護親方は、どんなときにも大工たちをもてなさなかったそうだよ。そうした家造りのときに、大工の頭梁が、「もう、この人はもてなしてはくれないので、家に帰るときには、各自、一つずつ持って行けよ。」と、材木を持って帰ったらしい。そうして、買っても、買っても、「材木が不足だ。」と言うと、名護親方はまた、買って置いたそうだよ。ある日、大工たちの三時休みのとき、一緒にお茶を飲みながら座っていると、雀が群れてさえずっていた。名護親方が、それを見て、「おい、お前たち。あの雀が喋っていることが、分かるか。」と、大工たちに聞いたら、「はあ、雀が喋りますか。」「彼らは、喋っているよ。」 「何と言っていますか。」「首里の坂下で、米を積んだ馬が転んで俵が破れているから、その米を喰いに行こう、と言っている。誰でもいいから、一人、首里の坂下に行ってごらん。手間は、私が払うから見ておいで。」と、行かせたらしい。そうして、行ってみると、国中の雀が集まって、米を喰っていたって。「ああ、この人は偉い方だよ国中の雀が集まっていて、米を喰っていたよ。」と話したらしい。そうしたら、「もう、この人は、私たちが毎日、家に材木を持ち帰っていることを、分かっていらっしゃるので返さないといけない。」ということになった。そうしたら、今度は、材木は余ったって。それから、再び家造りをしている所へいらしたとき、今まではもてなさなかったのでと、お金を各自の袋に詰めて、「毎日、君たちをもてなしたかったが、それをしなかったのは、君たちには子供や妻がいるし、お金なら家庭のためにもなると思ったので、これを持って行きなさい。」と、渡したそうだよ。そうされたので、この頭梁は、「私たちが悪かった。」と思ったが、この家の中柱の一つを逆に据えてしまってあったらしい。それで、「私に、斧踊りをさせてもらえませんか、させてください。」と、お願いしたわけ。そうすれば、逆に据えた中柱に傷をつけて交換できると思ったわけだが、そのことを、名護親方は分かっていらして、「今からはいい。交換するな。私たちの家は、逆柱を立てられたお陰で、三代の富を養子に継ぐことになる。逆柱を立てたお前たちは、そういうことをしたら、子孫がとだえるよ。」と言ったって。だから、大工は逆柱を立てないように、気をつけなければならないという話である。名護親方は、なんでもお分かりになる方だったって。 |
| 全体の記録時間数 | 6:49 |
| 物語の時間数 | 6:49 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |