
藁束の一束だけで、金持ちになったという話をしようね。あるところに、夫婦だけで住んでいる者がいた。二人は、「子どもが生まれたら、手はかかるは、足でまといになるはで、思うようにならなくなるから、子どもが生まれないうちに働いて、お金を貯めておこうね。」と、一生懸命働いて金持ちになったのだが、子どもに恵まれなかった。子どもができないので、やけくそになり、「私たちは一生懸命働いても、昼夜を問わず働いて金持ちになったとしても、その財産にしても、ウフミチャー(他人)に取られてしまうのか、どこの子がもらうのかも分からないから、もう、あまり働きもせず、節約もしないでいいから、二人で裕福に暮らそうや。」と、夫が妻に言った。それからはもう、「そうしようねスー(夫)、私たちは一生懸命働いても、子どももできないのに、なんになるというのだ、あとは誰に面倒をみられるのか分からないし、ウフミチャーに面倒をみられるのか分からないのに。」と、気持ちはやけっぱちになっているので、贅沢に使ってしまった。やがて、使い果たすというときに、「減ってしまったな、なくなってしまいそうだな。」というころには、子どもを身ごもってしまった。「アイエーナー、子どもを身ごもったというのに、なんで、私たちは、儲けたお金を使ってしまったのかな。使わないでおけば良かった。」と言って、そのときになってとても悔やんだ。たとえ悔やんだとても、使ってしまったお金は出ない。そうこうして、暮らしているうちに、男の子が生まれた。そうしたら、こんな嬉しいことはない。「アイエーナー、子どもには恵まれないと思って、私たちは働いて蓄えたお金を、ウフミチャーに面倒みられるのかも知れないからと、そんなにまで生活の心配はしないで、私たちは贅沢に暮らしていこうとお金を使ったところ、もう減ってしまった。そうしていたら、男の子が生まれてしまって。」と、残念に思った。それで、そうこうするうちに、その男の子が四つ、五つくらいになったとき、父親は病気になり、七つのときには亡くなってしまった。亡くなるときに、「子どもよ、スー(お父さん)もアンマー(お母さん)もとても一生懸命働いて儲けてあったが、おまえが生まれるとは思わないで、お金を使ってしまった。一生懸命儲けても、誰に面倒をみられるのか分からないからと、使ってしまったら、私はこのように病んで、この病気から逃れることはできないから、おまえに譲りとして与えるものはないが、スーが、向こうの方に藁束を一束ちゃんとしごいて、縛って置いてあるから、これはスーの譲りだと思って、大切にしなさいね、わが子よ。」と言った。「はい。」と言って、その七つになる子どもは、その藁束をいつも裏座に隠して大切に置いてあった。九つになったら、その子は坊主の元へ年季奉公に出された。<坊主売り>そうして、坊主の元に年季奉公に出されたものだから、その藁束は、「スーが、『大切にしなさいよ』と言っていた藁束だから、家に置いておくと、アンマーが人にあげるか、使ってしまうかもしれないので、私は坊主の家に背負って持って行くさ。」と言って、小縄をなってそれを背負って、坊主の家に行こうとした。すると、ある村の十字路のそばに、味噌売りがいたらしい。味噌売りは、クワズイモの葉に味噌を包んで売ったりしていたが、味噌を縛るものがなくて、その子どもが藁束を背負って、坊主の家に行くときに、「おい子どもよ、ちょっと待ちなさい。」と言って、お出でお出でをした。「おまえが背負っている藁を私にくれないか。」と言ったので、「これはやるものではありません。」と言ったら、「なぜだ、おまえは、この藁をなにに使うか、おまえのような子どもが藁を持ち歩いてもしかたがないだろう。いい子だね、いい子だから、私にくれないか。」「いいえ、やるものではありません。」「それじゃあ、売ってくれるか。」「これは、売るものでもありません。」「頼むからどうか売ってくれないか。私は味噌を縛るものがなくて困っているので、とても恩義に思うから売ってくれ。」と頼んだが、「いや、売れません。」と。「おまえが売るなら、いい値で買うから、助けると思って売ってくれ。」と言ったら、十縄か、いくらかで売ってくれと言ったら、「それじゃあ、買ってください。」と売ったらしい。そうしたら、売ったお金は、これは親の遺言で、「親の譲りとして藁束を渡してくれたから、その藁束を売ったお金は使ってはいけない。」と言って、またお金に紐を通してゆわえた。昔のお金は穴が開いていたでしょう。その穴が開いたお金にちゃんと紐を通して、また、腰に下げて歩いたらしい。そうして、腰に下げて坊主の家に行ったら、「私を使って下さい。うちのアンマーが、あなた様と『相談はしてある』と言って、行かせてくれましたから。」と言ったら、「うちには小坊主は入ってないから、おまえは、うちで働きなさい。」「はい。」と、そこで使われた。その子どもが持ってきたお金は少なくもならない、多くもならず、いつまでも下げた当時のままであった。あまりにも不思議に思って、坊主が、「おい、おまえのお金はどこから持ってきたのか。」と聞いたら、「これは教えられません。これは親の譲りを売ったお金ですから。」と言った。「そうか、おまえにとってそんなに大切なものか。何を売ったか。そうなら、これだけは私がおまえにやるから増やしてあげようね。」と言って、その坊主も、どのくらいやったのか知らないが、穴の開いたお金を増やしてあげたらしい。「ありがとうございます。」と言って、紐に通して下げた。師走になり、やがて正月というときに、母親が来て、「もう、大晦日になりましたので、あなた様も寂しいとは思いますが、大晦日と年越しは家でさせてください、和尚様。」と言って、願ったら、「おまえの家が寂しいのなら、行かせるから年越しは家でさせなさい。」とおっしゃった。「そのようにしていただき、ありがとうございます。私も、一人息子でありますので、家に帰してくださいませ、和尚様。」と言ったら、「そのようにしなさい。」と。大晦日になったら、「おまえのアンマーは、そのように言っていたから、早く日が暮れないうちに、山道を歩いて行くし、怖いはずだから、早く行って年を越してきなさい。」と言って、帰してくれたので、「はい。」と言って、山道を通って行ったって。村を越えて山道を通って行こうとすると、道のそばで、大声を出して泣いている男がいたらしい。そうしたら、その子どもはすでに十四、五、六歳にはなっていたので、あまりにも様子が変わっているものだから、「どうしたのですか、あなた様は。今日は大晦日だというのに、どうして、道のそばでおいおい大きな声を出して泣いておられるのですか。」と聞いた。本当は精霊なんだが、そこに来て、「これは私の親であるが、あの村この村と一緒に連れ歩いてここまで来たら、ここで亡くなってしまったんだよ。私一人ではどうしようもない。どうしようかと泣いているのだよ、ニーセー(青年)。」と言った。「ああそうですか、それじゃあ、私と二人で葬って差し上げましょう。」と言ったので、「それじゃあ、そうしてくれるか。本当にありがたいことだ。道具がなければ葬れないから、前の村の家で、鍬など道具を借りてくるので、おまえは番をしておいてくれないか。」と頼まれた。ニーセーは、怖くはあるが、「はい。」と言ったらしい。まだ日も暮れてなかったから。それで引き受けたのだが、道具を借りに行った人は、ぜんぜん帰ってくるようすがない。もう、晩ご飯の時分になっても来ない。怖くてガタガタしながら待っていたが、しまいには、「うちのアンマーは、待ちかねているはずだが、この人はほんとに困ったものだ。道具を借りに行って戻ってもこない、私一人に葬らす考えであの人は逃げてしまったのか、大変なことになってしまった。あまり遅くなると、怖くて行けないので、この人を担いで帰ろう。」と思った。それは黒い着物を被せて縛ってあったって。ニーセーは、「家で年を越して、夕飯も食べてから、遅くなるようだったら、家のうしろの畦道に墓を掘って、アンマーと二人で葬っておかなければ。」と言って、担いでゆっくりゆっくり家に帰った。家では、母親が、年越もしないで待ちかねていた。「おまえは、分別はあるのか。早く帰ってきて、年を越しなさいよと言ってあるのに、私を待ちかねさせて。やっと、戻ってきた。山道は怖くはなかったか。」と言うと、「今日は、大変なことになったよ、アンマー。」と言った。「なんで、どうしたんだ。」「私が、戻ろうとしていると、道端でおいおい泣く人がいたので、『どうしたんですか、今日は大晦日でもあるのに、どうして泣いておられるのですか』と聞いたから、その人は、『私はあの村とこの村と、親を連れて歩いてここまで来たら、ここで亡くなってしまった。私一人で葬ることもできないから、泣いているんだよ』と言うので、それじゃあ、私と二人で、葬ってあげましょうと言ったら、『いい子だね。それじゃあ、私はあの村の家で、鍬道具を借りてこようね』と行ったものの、いまだに、戻ってこなかったんですよ、アンマー。遅くなるようだったら、灯籠をつけて行って、家のうしろの畦道の下に、二人で墓を造って葬ってあげましょう。」と話をした。「そうするしかないだろう。おまえが、人の親を預かってきたのであれば。それじゃあ、家の中に入れておきなさい。ともかく、年を越しなさい。年を越してからだったら、なにごともできるはずだ。仕方ないでしょ、おまえは人の親を預かってしまったのだから。」と相談した。年を越してゆっくりしてから、「さあ、アンマー、あまり遅くならないうちに、灯籠をつけて、鍬も出して、家のうしろの畦道の下で葬ってこよう。」と言っていると、「そうしよう。その人は着物は着ているかね。」と、アンマーが聞いたら、「それは分からないよ。私は、黒いのを被せてあるのをただ担いできただけだから。」と言った。「それじゃあ、見てみよう、裸だったらうちのスーの着物が残っているから、その人に着せて、葬ってあげようね。」と言ったら、「それじゃあ開けてごらん、裸になっているのか分からないから。」と言って、開けてみると、人ではなくて黄金になっていたって。「アキサミヨーヒャー、これは黄金ではないか、人ではないじゃないか。」と驚いていると、「本当だね、どうしてなんだろう、なぜ、あの人は黄金を目の前にして泣いたんだろう。」と言って、「これは、きっと何かあるよ。これは何でもいいから、大切にしておこう、アンマー。あの人は、なぜ、黄金を目の前にして泣いたんだろうか。実に不思議なことだ。これは宝かもしれないから、ちゃんとスーの着物で包んで、裏座の戸棚に鍵を掛けておこうね。」と言うと、「そうするしかない。これは確かに宝であるから。黄金なんだから。」と言って隠した。そのことは、誰にも分からない、貧乏人だから、そうして隠してあったら、「黄金があったということになると、盗人が盗みにきて、貧乏人は殺してでも取っていくから、アンマー。ハーカラミーカラ(どんなことがあっても絶対に)漏らしてはいけないよ。絶対にあるとは言うなよ。私のことも話してはいけないよ。貧乏人は、いつも貧乏しておかなければ。『うちの嫡子はどうだったなどということは言うなよ。和尚様の家に行ってしまった』と言うんだよ。」と言って、ハーカラミーカラ漏らさなかったらしい。そうして、ある日のこと、その息子は妻をめとることになった。貧乏なので、和尚様に、「こうこうしかじかで、私はここから帰るときに、黄金を前にして泣いている人がおられ、その人の親だというので裸になっているかもしれないと、うちのスーの着物が残っているなら、着けさせようねと言って、アンマーと二人で、その人に着物を着けさせようとしたら、その人は黄金になっていましたよ、和尚様。どうして黄金になったんでしょう。」と聞いた。「何だって。」と、和尚様が問い返すと、「金を包んでいて泣く人がいましたよ。」と。和尚様は、「それは一大事なことだ。黄金であったのか。」「はい。」「それじゃあ、私が行って確かめてみるから。」と言って、見てみると、やはり黄金であった。そうしたら、「このことはハーカラミーカラ漏らすなよ。おまえはいつも貧乏のふりをしておけよ。貧乏人が黄金があるというと、すぐやっつけられて、取られてしまうから。おまえはこれだけで、とても裕福になるから。これは、おまえが成長して子どもが生まれても、妻も娶っても、決してあったということは話するなよ。私が考えてあげるから。その黄金も私が保管して、裕福にさせるからね。」と教えてくれた。そして、この和尚様が引き受けなさって、その子どもに、「もうおまえを、私が使ってはいけない。おまえは金持ちになるから、家で働きなさい。」と言って、その黄金で金持ちになったとは思わないで、藁束で金持ちになっていると思って、ハーカラミーカラ漏らさないで、藁束一束から、金持ちになったと言われたって。確かに、黄金を捜して金持ちになったと言えば、貧乏人はやっつけられるさあね。だから、ハーカラミーカラ、絶対漏らさないで、「そこの家は、親からの譲りで、その子どもは、藁束一束で金持ちになった。」と、みなそう思ったってよ。藁束の一束だけで、金持ちになったという話をしようね。あるところに、夫婦だけで住んでいる者がいた。二人は、「子どもが生まれたら、手はかかるは、足でまといになるはで、思うようにならなくなるから、子どもが生まれないうちに働いて、お金を貯めておこうね。」と、一生懸命働いて金持ちになったのだが、子どもに恵まれなかった。子どもができないので、やけくそになり、「私たちは一生懸命働いても、昼夜を問わず働いて金持ちになったとしても、その財産にしても、ウフミチャー(他人)に取られてしまうのか、どこの子がもらうのかも分からないから、もう、あまり働きもせず、節約もしないでいいから、二人で裕福に暮らそうや。」と、夫が妻に言った。それからはもう、「そうしようねスー(夫)、私たちは一生懸命働いても、子どももできないのに、なんになるというのだ、あとは誰に面倒をみられるのか分からないし、ウフミチャーに面倒をみられるのか分からないのに。」と、気持ちはやけっぱちになっているので、贅沢に使ってしまった。やがて、使い果たすというときに、「減ってしまったな、なくなってしまいそうだな。」というころには、子どもを身ごもってしまった。「アイエーナー、子どもを身ごもったというのに、なんで、私たちは、儲けたお金を使ってしまったのかな。使わないでおけば良かった。」と言って、そのときになってとても悔やんだ。たとえ悔やんだとても、使ってしまったお金は出ない。そうこうして、暮らしているうちに、男の子が生まれた。そうしたら、こんな嬉しいことはない。「アイエーナー、子どもには恵まれないと思って、私たちは働いて蓄えたお金を、ウフミチャーに面倒みられるのかも知れないからと、そんなにまで生活の心配はしないで、私たちは贅沢に暮らしていこうとお金を使ったところ、もう減ってしまった。そうしていたら、男の子が生まれてしまって。」と、残念に思った。それで、そうこうするうちに、その男の子が四つ、五つくらいになったとき、父親は病気になり、七つのときには亡くなってしまった。亡くなるときに、「子どもよ、スー(お父さん)もアンマー(お母さん)もとても一生懸命働いて儲けてあったが、おまえが生まれるとは思わないで、お金を使ってしまった。一生懸命儲けても、誰に面倒をみられるのか分からないからと、使ってしまったら、私はこのように病んで、この病気から逃れることはできないから、おまえに譲りとして与えるものはないが、スーが、向こうの方に藁束を一束ちゃんとしごいて、縛って置いてあるから、これはスーの譲りだと思って、大切にしなさいね、わが子よ。」と言った。「はい。」と言って、その七つになる子どもは、その藁束をいつも裏座に隠して大切に置いてあった。九つになったら、その子は坊主の元へ年季奉公に出された。<坊主売り>そうして、坊主の元に年季奉公に出されたものだから、その藁束は、「スーが、『大切にしなさいよ』と言っていた藁束だから、家に置いておくと、アンマーが人にあげるか、使ってしまうかもしれないので、私は坊主の家に背負って持って行くさ。」と言って、小縄をなってそれを背負って、坊主の家に行こうとした。すると、ある村の十字路のそばに、味噌売りがいたらしい。味噌売りは、クワズイモの葉に味噌を包んで売ったりしていたが、味噌を縛るものがなくて、その子どもが藁束を背負って、坊主の家に行くときに、「おい子どもよ、ちょっと待ちなさい。」と言って、お出でお出でをした。「おまえが背負っている藁を私にくれないか。」と言ったので、「これはやるものではありません。」と言ったら、「なぜだ、おまえは、この藁をなにに使うか、おまえのような子どもが藁を持ち歩いてもしかたがないだろう。いい子だね、いい子だから、私にくれないか。」「いいえ、やるものではありません。」「それじゃあ、売ってくれるか。」「これは、売るものでもありません。」「頼むからどうか売ってくれないか。私は味噌を縛るものがなくて困っているので、とても恩義に思うから売ってくれ。」と頼んだが、「いや、売れません。」と。「おまえが売るなら、いい値で買うから、助けると思って売ってくれ。」と言ったら、十縄か、いくらかで売ってくれと言ったら、「それじゃあ、買ってください。」と売ったらしい。そうしたら、売ったお金は、これは親の遺言で、「親の譲りとして藁束を渡してくれたから、その藁束を売ったお金は使ってはいけない。」と言って、またお金に紐を通してゆわえた。昔のお金は穴が開いていたでしょう。その穴が開いたお金にちゃんと紐を通して、また、腰に下げて歩いたらしい。そうして、腰に下げて坊主の家に行ったら、「私を使って下さい。うちのアンマーが、あなた様と『相談はしてある』と言って、行かせてくれましたから。」と言ったら、「うちには小坊主は入ってないから、おまえは、うちで働きなさい。」「はい。」と、そこで使われた。その子どもが持ってきたお金は少なくもならない、多くもならず、いつまでも下げた当時のままであった。あまりにも不思議に思って、坊主が、「おい、おまえのお金はどこから持ってきたのか。」と聞いたら、「これは教えられません。これは親の譲りを売ったお金ですから。」と言った。「そうか、おまえにとってそんなに大切なものか。何を売ったか。そうなら、これだけは私がおまえにやるから増やしてあげようね。」と言って、その坊主も、どのくらいやったのか知らないが、穴の開いたお金を増やしてあげたらしい。「ありがとうございます。」と言って、紐に通して下げた。師走になり、やがて正月というときに、母親が来て、「もう、大晦日になりましたので、あなた様も寂しいとは思いますが、大晦日と年越しは家でさせてください、和尚様。」と言って、願ったら、「おまえの家が寂しいのなら、行かせるから年越しは家でさせなさい。」とおっしゃった。「そのようにしていただき、ありがとうございます。私も、一人息子でありますので、家に帰してくださいませ、和尚様。」と言ったら、「そのようにしなさい。」と。大晦日になったら、「おまえのアンマーは、そのように言っていたから、早く日が暮れないうちに、山道を歩いて行くし、怖いはずだから、早く行って年を越してきなさい。」と言って、帰してくれたので、「はい。」と言って、山道を通って行ったって。村を越えて山道を通って行こうとすると、道のそばで、大声を出して泣いている男がいたらしい。そうしたら、その子どもはすでに十四、五、六歳にはなっていたので、あまりにも様子が変わっているものだから、「どうしたのですか、あなた様は。今日は大晦日だというのに、どうして、道のそばでおいおい大きな声を出して泣いておられるのですか。」と聞いた。本当は精霊なんだが、そこに来て、「これは私の親であるが、あの村この村と一緒に連れ歩いてここまで来たら、ここで亡くなってしまったんだよ。私一人ではどうしようもない。どうしようかと泣いているのだよ、ニーセー(青年)。」と言った。「ああそうですか、それじゃあ、私と二人で葬って差し上げましょう。」と言ったので、「それじゃあ、そうしてくれるか。本当にありがたいことだ。道具がなければ葬れないから、前の村の家で、鍬など道具を借りてくるので、おまえは番をしておいてくれないか。」と頼まれた。ニーセーは、怖くはあるが、「はい。」と言ったらしい。まだ日も暮れてなかったから。それで引き受けたのだが、道具を借りに行った人は、ぜんぜん帰ってくるようすがない。もう、晩ご飯の時分になっても来ない。怖くてガタガタしながら待っていたが、しまいには、「うちのアンマーは、待ちかねているはずだが、この人はほんとに困ったものだ。道具を借りに行って戻ってもこない、私一人に葬らす考えであの人は逃げてしまったのか、大変なことになってしまった。あまり遅くなると、怖くて行けないので、この人を担いで帰ろう。」と思った。それは黒い着物を被せて縛ってあったって。ニーセーは、「家で年を越して、夕飯も食べてから、遅くなるようだったら、家のうしろの畦道に墓を掘って、アンマーと二人で葬っておかなければ。」と言って、担いでゆっくりゆっくり家に帰った。家では、母親が、年越もしないで待ちかねていた。「おまえは、分別はあるのか。早く帰ってきて、年を越しなさいよと言ってあるのに、私を待ちかねさせて。やっと、戻ってきた。山道は怖くはなかったか。」と言うと、「今日は、大変なことになったよ、アンマー。」と言った。「なんで、どうしたんだ。」「私が、戻ろうとしていると、道端でおいおい泣く人がいたので、『どうしたんですか、今日は大晦日でもあるのに、どうして泣いておられるのですか』と聞いたから、その人は、『私はあの村とこの村と、親を連れて歩いてここまで来たら、ここで亡くなってしまった。私一人で葬ることもできないから、泣いているんだよ』と言うので、それじゃあ、私と二人で、葬ってあげましょうと言ったら、『いい子だね。それじゃあ、私はあの村の家で、鍬道具を借りてこようね』と行ったものの、いまだに、戻ってこなかったんですよ、アンマー。遅くなるようだったら、灯籠をつけて行って、家のうしろの畦道の下に、二人で墓を造って葬ってあげましょう。」と話をした。「そうするしかないだろう。おまえが、人の親を預かってきたのであれば。それじゃあ、家の中に入れておきなさい。ともかく、年を越しなさい。年を越してからだったら、なにごともできるはずだ。仕方ないでしょ、おまえは人の親を預かってしまったのだから。」と相談した。年を越してゆっくりしてから、「さあ、アンマー、あまり遅くならないうちに、灯籠をつけて、鍬も出して、家のうしろの畦道の下で葬ってこよう。」と言っていると、「そうしよう。その人は着物は着ているかね。」と、アンマーが聞いたら、「それは分からないよ。私は、黒いのを被せてあるのをただ担いできただけだから。」と言った。「それじゃあ、見てみよう、裸だったらうちのスーの着物が残っているから、その人に着せて、葬ってあげようね。」と言ったら、「それじゃあ開けてごらん、裸になっているのか分からないから。」と言って、開けてみると、人ではなくて黄金になっていたって。「アキサミヨーヒャー、これは黄金ではないか、人ではないじゃないか。」と驚いていると、「本当だね、どうしてなんだろう、なぜ、あの人は黄金を目の前にして泣いたんだろう。」と言って、「これは、きっと何かあるよ。これは何でもいいから、大切にしておこう、アンマー。あの人は、なぜ、黄金を目の前にして泣いたんだろうか。実に不思議なことだ。これは宝かもしれないから、ちゃんとスーの着物で包んで、裏座の戸棚に鍵を掛けておこうね。」と言うと、「そうするしかない。これは確かに宝であるから。黄金なんだから。」と言って隠した。そのことは、誰にも分からない、貧乏人だから、そうして隠してあったら、「黄金があったということになると、盗人が盗みにきて、貧乏人は殺してでも取っていくから、アンマー。ハーカラミーカラ(どんなことがあっても絶対に)漏らしてはいけないよ。絶対にあるとは言うなよ。私のことも話してはいけないよ。貧乏人は、いつも貧乏しておかなければ。『うちの嫡子はどうだったなどということは言うなよ。和尚様の家に行ってしまった』と言うんだよ。」と言って、ハーカラミーカラ漏らさなかったらしい。そうして、ある日のこと、その息子は妻をめとることになった。貧乏なので、和尚様に、「こうこうしかじかで、私はここから帰るときに、黄金を前にして泣いている人がおられ、その人の親だというので裸になっているかもしれないと、うちのスーの着物が残っているなら、着けさせようねと言って、アンマーと二人で、その人に着物を着けさせようとしたら、その人は黄金になっていましたよ、和尚様。どうして黄金になったんでしょう。」と聞いた。「何だって。」と、和尚様が問い返すと、「金を包んでいて泣く人がいましたよ。」と。和尚様は、「それは一大事なことだ。黄金であったのか。」「はい。」「それじゃあ、私が行って確かめてみるから。」と言って、見てみると、やはり黄金であった。そうしたら、「このことはハーカラミーカラ漏らすなよ。おまえはいつも貧乏のふりをしておけよ。貧乏人が黄金があるというと、すぐやっつけられて、取られてしまうから。おまえはこれだけで、とても裕福になるから。これは、おまえが成長して子どもが生まれても、妻も娶っても、決してあったということは話するなよ。私が考えてあげるから。その黄金も私が保管して、裕福にさせるからね。」と教えてくれた。そして、この和尚様が引き受けなさって、その子どもに、「もうおまえを、私が使ってはいけない。おまえは金持ちになるから、家で働きなさい。」と言って、その黄金で金持ちになったとは思わないで、藁束で金持ちになっていると思って、ハーカラミーカラ漏らさないで、藁束一束から、金持ちになったと言われたって。確かに、黄金を捜して金持ちになったと言えば、貧乏人はやっつけられるさあね。だから、ハーカラミーカラ、絶対漏らさないで、「そこの家は、親からの譲りで、その子どもは、藁束一束で金持ちになった。」と、みなそう思ったってよ。
| レコード番号 | 47O420971 |
|---|---|
| CD番号 | 47O42C030 |
| 決定題名 | 大歳の宝(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | 藁たばから金持ちになった話 |
| 話者名 | 目取真ウト |
| 話者名かな | めどえうまうと |
| 生年月日 | 18900804 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 具志川市田場 |
| 記録日 | 19800809 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸調査団 |
| 元テープ番号 | 具志川市T28 B1 |
| 元テープ管理者 | 伝承話資料センター |
| 分類 | 12 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 具志川市史第3巻下272頁 通観301頁 |
| キーワード | 藁束,金持ち,夫婦,坊主,味噌売り,形見,穴あき銭,大晦日,棺,死装束,黄金 |
| 梗概(こうがい) | 藁束の一束だけで、金持ちになったという話をしようね。あるところに、夫婦だけで住んでいる者がいた。二人は、「子どもが生まれたら、手はかかるは、足でまといになるはで、思うようにならなくなるから、子どもが生まれないうちに働いて、お金を貯めておこうね。」と、一生懸命働いて金持ちになったのだが、子どもに恵まれなかった。子どもができないので、やけくそになり、「私たちは一生懸命働いても、昼夜を問わず働いて金持ちになったとしても、その財産にしても、ウフミチャー(他人)に取られてしまうのか、どこの子がもらうのかも分からないから、もう、あまり働きもせず、節約もしないでいいから、二人で裕福に暮らそうや。」と、夫が妻に言った。それからはもう、「そうしようねスー(夫)、私たちは一生懸命働いても、子どももできないのに、なんになるというのだ、あとは誰に面倒をみられるのか分からないし、ウフミチャーに面倒をみられるのか分からないのに。」と、気持ちはやけっぱちになっているので、贅沢に使ってしまった。やがて、使い果たすというときに、「減ってしまったな、なくなってしまいそうだな。」というころには、子どもを身ごもってしまった。「アイエーナー、子どもを身ごもったというのに、なんで、私たちは、儲けたお金を使ってしまったのかな。使わないでおけば良かった。」と言って、そのときになってとても悔やんだ。たとえ悔やんだとても、使ってしまったお金は出ない。そうこうして、暮らしているうちに、男の子が生まれた。そうしたら、こんな嬉しいことはない。「アイエーナー、子どもには恵まれないと思って、私たちは働いて蓄えたお金を、ウフミチャーに面倒みられるのかも知れないからと、そんなにまで生活の心配はしないで、私たちは贅沢に暮らしていこうとお金を使ったところ、もう減ってしまった。そうしていたら、男の子が生まれてしまって。」と、残念に思った。それで、そうこうするうちに、その男の子が四つ、五つくらいになったとき、父親は病気になり、七つのときには亡くなってしまった。亡くなるときに、「子どもよ、スー(お父さん)もアンマー(お母さん)もとても一生懸命働いて儲けてあったが、おまえが生まれるとは思わないで、お金を使ってしまった。一生懸命儲けても、誰に面倒をみられるのか分からないからと、使ってしまったら、私はこのように病んで、この病気から逃れることはできないから、おまえに譲りとして与えるものはないが、スーが、向こうの方に藁束を一束ちゃんとしごいて、縛って置いてあるから、これはスーの譲りだと思って、大切にしなさいね、わが子よ。」と言った。「はい。」と言って、その七つになる子どもは、その藁束をいつも裏座に隠して大切に置いてあった。九つになったら、その子は坊主の元へ年季奉公に出された。<坊主売り>そうして、坊主の元に年季奉公に出されたものだから、その藁束は、「スーが、『大切にしなさいよ』と言っていた藁束だから、家に置いておくと、アンマーが人にあげるか、使ってしまうかもしれないので、私は坊主の家に背負って持って行くさ。」と言って、小縄をなってそれを背負って、坊主の家に行こうとした。すると、ある村の十字路のそばに、味噌売りがいたらしい。味噌売りは、クワズイモの葉に味噌を包んで売ったりしていたが、味噌を縛るものがなくて、その子どもが藁束を背負って、坊主の家に行くときに、「おい子どもよ、ちょっと待ちなさい。」と言って、お出でお出でをした。「おまえが背負っている藁を私にくれないか。」と言ったので、「これはやるものではありません。」と言ったら、「なぜだ、おまえは、この藁をなにに使うか、おまえのような子どもが藁を持ち歩いてもしかたがないだろう。いい子だね、いい子だから、私にくれないか。」「いいえ、やるものではありません。」「それじゃあ、売ってくれるか。」「これは、売るものでもありません。」「頼むからどうか売ってくれないか。私は味噌を縛るものがなくて困っているので、とても恩義に思うから売ってくれ。」と頼んだが、「いや、売れません。」と。「おまえが売るなら、いい値で買うから、助けると思って売ってくれ。」と言ったら、十縄か、いくらかで売ってくれと言ったら、「それじゃあ、買ってください。」と売ったらしい。そうしたら、売ったお金は、これは親の遺言で、「親の譲りとして藁束を渡してくれたから、その藁束を売ったお金は使ってはいけない。」と言って、またお金に紐を通してゆわえた。昔のお金は穴が開いていたでしょう。その穴が開いたお金にちゃんと紐を通して、また、腰に下げて歩いたらしい。そうして、腰に下げて坊主の家に行ったら、「私を使って下さい。うちのアンマーが、あなた様と『相談はしてある』と言って、行かせてくれましたから。」と言ったら、「うちには小坊主は入ってないから、おまえは、うちで働きなさい。」「はい。」と、そこで使われた。その子どもが持ってきたお金は少なくもならない、多くもならず、いつまでも下げた当時のままであった。あまりにも不思議に思って、坊主が、「おい、おまえのお金はどこから持ってきたのか。」と聞いたら、「これは教えられません。これは親の譲りを売ったお金ですから。」と言った。「そうか、おまえにとってそんなに大切なものか。何を売ったか。そうなら、これだけは私がおまえにやるから増やしてあげようね。」と言って、その坊主も、どのくらいやったのか知らないが、穴の開いたお金を増やしてあげたらしい。「ありがとうございます。」と言って、紐に通して下げた。師走になり、やがて正月というときに、母親が来て、「もう、大晦日になりましたので、あなた様も寂しいとは思いますが、大晦日と年越しは家でさせてください、和尚様。」と言って、願ったら、「おまえの家が寂しいのなら、行かせるから年越しは家でさせなさい。」とおっしゃった。「そのようにしていただき、ありがとうございます。私も、一人息子でありますので、家に帰してくださいませ、和尚様。」と言ったら、「そのようにしなさい。」と。大晦日になったら、「おまえのアンマーは、そのように言っていたから、早く日が暮れないうちに、山道を歩いて行くし、怖いはずだから、早く行って年を越してきなさい。」と言って、帰してくれたので、「はい。」と言って、山道を通って行ったって。村を越えて山道を通って行こうとすると、道のそばで、大声を出して泣いている男がいたらしい。そうしたら、その子どもはすでに十四、五、六歳にはなっていたので、あまりにも様子が変わっているものだから、「どうしたのですか、あなた様は。今日は大晦日だというのに、どうして、道のそばでおいおい大きな声を出して泣いておられるのですか。」と聞いた。本当は精霊なんだが、そこに来て、「これは私の親であるが、あの村この村と一緒に連れ歩いてここまで来たら、ここで亡くなってしまったんだよ。私一人ではどうしようもない。どうしようかと泣いているのだよ、ニーセー(青年)。」と言った。「ああそうですか、それじゃあ、私と二人で葬って差し上げましょう。」と言ったので、「それじゃあ、そうしてくれるか。本当にありがたいことだ。道具がなければ葬れないから、前の村の家で、鍬など道具を借りてくるので、おまえは番をしておいてくれないか。」と頼まれた。ニーセーは、怖くはあるが、「はい。」と言ったらしい。まだ日も暮れてなかったから。それで引き受けたのだが、道具を借りに行った人は、ぜんぜん帰ってくるようすがない。もう、晩ご飯の時分になっても来ない。怖くてガタガタしながら待っていたが、しまいには、「うちのアンマーは、待ちかねているはずだが、この人はほんとに困ったものだ。道具を借りに行って戻ってもこない、私一人に葬らす考えであの人は逃げてしまったのか、大変なことになってしまった。あまり遅くなると、怖くて行けないので、この人を担いで帰ろう。」と思った。それは黒い着物を被せて縛ってあったって。ニーセーは、「家で年を越して、夕飯も食べてから、遅くなるようだったら、家のうしろの畦道に墓を掘って、アンマーと二人で葬っておかなければ。」と言って、担いでゆっくりゆっくり家に帰った。家では、母親が、年越もしないで待ちかねていた。「おまえは、分別はあるのか。早く帰ってきて、年を越しなさいよと言ってあるのに、私を待ちかねさせて。やっと、戻ってきた。山道は怖くはなかったか。」と言うと、「今日は、大変なことになったよ、アンマー。」と言った。「なんで、どうしたんだ。」「私が、戻ろうとしていると、道端でおいおい泣く人がいたので、『どうしたんですか、今日は大晦日でもあるのに、どうして泣いておられるのですか』と聞いたから、その人は、『私はあの村とこの村と、親を連れて歩いてここまで来たら、ここで亡くなってしまった。私一人で葬ることもできないから、泣いているんだよ』と言うので、それじゃあ、私と二人で、葬ってあげましょうと言ったら、『いい子だね。それじゃあ、私はあの村の家で、鍬道具を借りてこようね』と行ったものの、いまだに、戻ってこなかったんですよ、アンマー。遅くなるようだったら、灯籠をつけて行って、家のうしろの畦道の下に、二人で墓を造って葬ってあげましょう。」と話をした。「そうするしかないだろう。おまえが、人の親を預かってきたのであれば。それじゃあ、家の中に入れておきなさい。ともかく、年を越しなさい。年を越してからだったら、なにごともできるはずだ。仕方ないでしょ、おまえは人の親を預かってしまったのだから。」と相談した。年を越してゆっくりしてから、「さあ、アンマー、あまり遅くならないうちに、灯籠をつけて、鍬も出して、家のうしろの畦道の下で葬ってこよう。」と言っていると、「そうしよう。その人は着物は着ているかね。」と、アンマーが聞いたら、「それは分からないよ。私は、黒いのを被せてあるのをただ担いできただけだから。」と言った。「それじゃあ、見てみよう、裸だったらうちのスーの着物が残っているから、その人に着せて、葬ってあげようね。」と言ったら、「それじゃあ開けてごらん、裸になっているのか分からないから。」と言って、開けてみると、人ではなくて黄金になっていたって。「アキサミヨーヒャー、これは黄金ではないか、人ではないじゃないか。」と驚いていると、「本当だね、どうしてなんだろう、なぜ、あの人は黄金を目の前にして泣いたんだろう。」と言って、「これは、きっと何かあるよ。これは何でもいいから、大切にしておこう、アンマー。あの人は、なぜ、黄金を目の前にして泣いたんだろうか。実に不思議なことだ。これは宝かもしれないから、ちゃんとスーの着物で包んで、裏座の戸棚に鍵を掛けておこうね。」と言うと、「そうするしかない。これは確かに宝であるから。黄金なんだから。」と言って隠した。そのことは、誰にも分からない、貧乏人だから、そうして隠してあったら、「黄金があったということになると、盗人が盗みにきて、貧乏人は殺してでも取っていくから、アンマー。ハーカラミーカラ(どんなことがあっても絶対に)漏らしてはいけないよ。絶対にあるとは言うなよ。私のことも話してはいけないよ。貧乏人は、いつも貧乏しておかなければ。『うちの嫡子はどうだったなどということは言うなよ。和尚様の家に行ってしまった』と言うんだよ。」と言って、ハーカラミーカラ漏らさなかったらしい。そうして、ある日のこと、その息子は妻をめとることになった。貧乏なので、和尚様に、「こうこうしかじかで、私はここから帰るときに、黄金を前にして泣いている人がおられ、その人の親だというので裸になっているかもしれないと、うちのスーの着物が残っているなら、着けさせようねと言って、アンマーと二人で、その人に着物を着けさせようとしたら、その人は黄金になっていましたよ、和尚様。どうして黄金になったんでしょう。」と聞いた。「何だって。」と、和尚様が問い返すと、「金を包んでいて泣く人がいましたよ。」と。和尚様は、「それは一大事なことだ。黄金であったのか。」「はい。」「それじゃあ、私が行って確かめてみるから。」と言って、見てみると、やはり黄金であった。そうしたら、「このことはハーカラミーカラ漏らすなよ。おまえはいつも貧乏のふりをしておけよ。貧乏人が黄金があるというと、すぐやっつけられて、取られてしまうから。おまえはこれだけで、とても裕福になるから。これは、おまえが成長して子どもが生まれても、妻も娶っても、決してあったということは話するなよ。私が考えてあげるから。その黄金も私が保管して、裕福にさせるからね。」と教えてくれた。そして、この和尚様が引き受けなさって、その子どもに、「もうおまえを、私が使ってはいけない。おまえは金持ちになるから、家で働きなさい。」と言って、その黄金で金持ちになったとは思わないで、藁束で金持ちになっていると思って、ハーカラミーカラ漏らさないで、藁束一束から、金持ちになったと言われたって。確かに、黄金を捜して金持ちになったと言えば、貧乏人はやっつけられるさあね。だから、ハーカラミーカラ、絶対漏らさないで、「そこの家は、親からの譲りで、その子どもは、藁束一束で金持ちになった。」と、みなそう思ったってよ。藁束の一束だけで、金持ちになったという話をしようね。あるところに、夫婦だけで住んでいる者がいた。二人は、「子どもが生まれたら、手はかかるは、足でまといになるはで、思うようにならなくなるから、子どもが生まれないうちに働いて、お金を貯めておこうね。」と、一生懸命働いて金持ちになったのだが、子どもに恵まれなかった。子どもができないので、やけくそになり、「私たちは一生懸命働いても、昼夜を問わず働いて金持ちになったとしても、その財産にしても、ウフミチャー(他人)に取られてしまうのか、どこの子がもらうのかも分からないから、もう、あまり働きもせず、節約もしないでいいから、二人で裕福に暮らそうや。」と、夫が妻に言った。それからはもう、「そうしようねスー(夫)、私たちは一生懸命働いても、子どももできないのに、なんになるというのだ、あとは誰に面倒をみられるのか分からないし、ウフミチャーに面倒をみられるのか分からないのに。」と、気持ちはやけっぱちになっているので、贅沢に使ってしまった。やがて、使い果たすというときに、「減ってしまったな、なくなってしまいそうだな。」というころには、子どもを身ごもってしまった。「アイエーナー、子どもを身ごもったというのに、なんで、私たちは、儲けたお金を使ってしまったのかな。使わないでおけば良かった。」と言って、そのときになってとても悔やんだ。たとえ悔やんだとても、使ってしまったお金は出ない。そうこうして、暮らしているうちに、男の子が生まれた。そうしたら、こんな嬉しいことはない。「アイエーナー、子どもには恵まれないと思って、私たちは働いて蓄えたお金を、ウフミチャーに面倒みられるのかも知れないからと、そんなにまで生活の心配はしないで、私たちは贅沢に暮らしていこうとお金を使ったところ、もう減ってしまった。そうしていたら、男の子が生まれてしまって。」と、残念に思った。それで、そうこうするうちに、その男の子が四つ、五つくらいになったとき、父親は病気になり、七つのときには亡くなってしまった。亡くなるときに、「子どもよ、スー(お父さん)もアンマー(お母さん)もとても一生懸命働いて儲けてあったが、おまえが生まれるとは思わないで、お金を使ってしまった。一生懸命儲けても、誰に面倒をみられるのか分からないからと、使ってしまったら、私はこのように病んで、この病気から逃れることはできないから、おまえに譲りとして与えるものはないが、スーが、向こうの方に藁束を一束ちゃんとしごいて、縛って置いてあるから、これはスーの譲りだと思って、大切にしなさいね、わが子よ。」と言った。「はい。」と言って、その七つになる子どもは、その藁束をいつも裏座に隠して大切に置いてあった。九つになったら、その子は坊主の元へ年季奉公に出された。<坊主売り>そうして、坊主の元に年季奉公に出されたものだから、その藁束は、「スーが、『大切にしなさいよ』と言っていた藁束だから、家に置いておくと、アンマーが人にあげるか、使ってしまうかもしれないので、私は坊主の家に背負って持って行くさ。」と言って、小縄をなってそれを背負って、坊主の家に行こうとした。すると、ある村の十字路のそばに、味噌売りがいたらしい。味噌売りは、クワズイモの葉に味噌を包んで売ったりしていたが、味噌を縛るものがなくて、その子どもが藁束を背負って、坊主の家に行くときに、「おい子どもよ、ちょっと待ちなさい。」と言って、お出でお出でをした。「おまえが背負っている藁を私にくれないか。」と言ったので、「これはやるものではありません。」と言ったら、「なぜだ、おまえは、この藁をなにに使うか、おまえのような子どもが藁を持ち歩いてもしかたがないだろう。いい子だね、いい子だから、私にくれないか。」「いいえ、やるものではありません。」「それじゃあ、売ってくれるか。」「これは、売るものでもありません。」「頼むからどうか売ってくれないか。私は味噌を縛るものがなくて困っているので、とても恩義に思うから売ってくれ。」と頼んだが、「いや、売れません。」と。「おまえが売るなら、いい値で買うから、助けると思って売ってくれ。」と言ったら、十縄か、いくらかで売ってくれと言ったら、「それじゃあ、買ってください。」と売ったらしい。そうしたら、売ったお金は、これは親の遺言で、「親の譲りとして藁束を渡してくれたから、その藁束を売ったお金は使ってはいけない。」と言って、またお金に紐を通してゆわえた。昔のお金は穴が開いていたでしょう。その穴が開いたお金にちゃんと紐を通して、また、腰に下げて歩いたらしい。そうして、腰に下げて坊主の家に行ったら、「私を使って下さい。うちのアンマーが、あなた様と『相談はしてある』と言って、行かせてくれましたから。」と言ったら、「うちには小坊主は入ってないから、おまえは、うちで働きなさい。」「はい。」と、そこで使われた。その子どもが持ってきたお金は少なくもならない、多くもならず、いつまでも下げた当時のままであった。あまりにも不思議に思って、坊主が、「おい、おまえのお金はどこから持ってきたのか。」と聞いたら、「これは教えられません。これは親の譲りを売ったお金ですから。」と言った。「そうか、おまえにとってそんなに大切なものか。何を売ったか。そうなら、これだけは私がおまえにやるから増やしてあげようね。」と言って、その坊主も、どのくらいやったのか知らないが、穴の開いたお金を増やしてあげたらしい。「ありがとうございます。」と言って、紐に通して下げた。師走になり、やがて正月というときに、母親が来て、「もう、大晦日になりましたので、あなた様も寂しいとは思いますが、大晦日と年越しは家でさせてください、和尚様。」と言って、願ったら、「おまえの家が寂しいのなら、行かせるから年越しは家でさせなさい。」とおっしゃった。「そのようにしていただき、ありがとうございます。私も、一人息子でありますので、家に帰してくださいませ、和尚様。」と言ったら、「そのようにしなさい。」と。大晦日になったら、「おまえのアンマーは、そのように言っていたから、早く日が暮れないうちに、山道を歩いて行くし、怖いはずだから、早く行って年を越してきなさい。」と言って、帰してくれたので、「はい。」と言って、山道を通って行ったって。村を越えて山道を通って行こうとすると、道のそばで、大声を出して泣いている男がいたらしい。そうしたら、その子どもはすでに十四、五、六歳にはなっていたので、あまりにも様子が変わっているものだから、「どうしたのですか、あなた様は。今日は大晦日だというのに、どうして、道のそばでおいおい大きな声を出して泣いておられるのですか。」と聞いた。本当は精霊なんだが、そこに来て、「これは私の親であるが、あの村この村と一緒に連れ歩いてここまで来たら、ここで亡くなってしまったんだよ。私一人ではどうしようもない。どうしようかと泣いているのだよ、ニーセー(青年)。」と言った。「ああそうですか、それじゃあ、私と二人で葬って差し上げましょう。」と言ったので、「それじゃあ、そうしてくれるか。本当にありがたいことだ。道具がなければ葬れないから、前の村の家で、鍬など道具を借りてくるので、おまえは番をしておいてくれないか。」と頼まれた。ニーセーは、怖くはあるが、「はい。」と言ったらしい。まだ日も暮れてなかったから。それで引き受けたのだが、道具を借りに行った人は、ぜんぜん帰ってくるようすがない。もう、晩ご飯の時分になっても来ない。怖くてガタガタしながら待っていたが、しまいには、「うちのアンマーは、待ちかねているはずだが、この人はほんとに困ったものだ。道具を借りに行って戻ってもこない、私一人に葬らす考えであの人は逃げてしまったのか、大変なことになってしまった。あまり遅くなると、怖くて行けないので、この人を担いで帰ろう。」と思った。それは黒い着物を被せて縛ってあったって。ニーセーは、「家で年を越して、夕飯も食べてから、遅くなるようだったら、家のうしろの畦道に墓を掘って、アンマーと二人で葬っておかなければ。」と言って、担いでゆっくりゆっくり家に帰った。家では、母親が、年越もしないで待ちかねていた。「おまえは、分別はあるのか。早く帰ってきて、年を越しなさいよと言ってあるのに、私を待ちかねさせて。やっと、戻ってきた。山道は怖くはなかったか。」と言うと、「今日は、大変なことになったよ、アンマー。」と言った。「なんで、どうしたんだ。」「私が、戻ろうとしていると、道端でおいおい泣く人がいたので、『どうしたんですか、今日は大晦日でもあるのに、どうして泣いておられるのですか』と聞いたから、その人は、『私はあの村とこの村と、親を連れて歩いてここまで来たら、ここで亡くなってしまった。私一人で葬ることもできないから、泣いているんだよ』と言うので、それじゃあ、私と二人で、葬ってあげましょうと言ったら、『いい子だね。それじゃあ、私はあの村の家で、鍬道具を借りてこようね』と行ったものの、いまだに、戻ってこなかったんですよ、アンマー。遅くなるようだったら、灯籠をつけて行って、家のうしろの畦道の下に、二人で墓を造って葬ってあげましょう。」と話をした。「そうするしかないだろう。おまえが、人の親を預かってきたのであれば。それじゃあ、家の中に入れておきなさい。ともかく、年を越しなさい。年を越してからだったら、なにごともできるはずだ。仕方ないでしょ、おまえは人の親を預かってしまったのだから。」と相談した。年を越してゆっくりしてから、「さあ、アンマー、あまり遅くならないうちに、灯籠をつけて、鍬も出して、家のうしろの畦道の下で葬ってこよう。」と言っていると、「そうしよう。その人は着物は着ているかね。」と、アンマーが聞いたら、「それは分からないよ。私は、黒いのを被せてあるのをただ担いできただけだから。」と言った。「それじゃあ、見てみよう、裸だったらうちのスーの着物が残っているから、その人に着せて、葬ってあげようね。」と言ったら、「それじゃあ開けてごらん、裸になっているのか分からないから。」と言って、開けてみると、人ではなくて黄金になっていたって。「アキサミヨーヒャー、これは黄金ではないか、人ではないじゃないか。」と驚いていると、「本当だね、どうしてなんだろう、なぜ、あの人は黄金を目の前にして泣いたんだろう。」と言って、「これは、きっと何かあるよ。これは何でもいいから、大切にしておこう、アンマー。あの人は、なぜ、黄金を目の前にして泣いたんだろうか。実に不思議なことだ。これは宝かもしれないから、ちゃんとスーの着物で包んで、裏座の戸棚に鍵を掛けておこうね。」と言うと、「そうするしかない。これは確かに宝であるから。黄金なんだから。」と言って隠した。そのことは、誰にも分からない、貧乏人だから、そうして隠してあったら、「黄金があったということになると、盗人が盗みにきて、貧乏人は殺してでも取っていくから、アンマー。ハーカラミーカラ(どんなことがあっても絶対に)漏らしてはいけないよ。絶対にあるとは言うなよ。私のことも話してはいけないよ。貧乏人は、いつも貧乏しておかなければ。『うちの嫡子はどうだったなどということは言うなよ。和尚様の家に行ってしまった』と言うんだよ。」と言って、ハーカラミーカラ漏らさなかったらしい。そうして、ある日のこと、その息子は妻をめとることになった。貧乏なので、和尚様に、「こうこうしかじかで、私はここから帰るときに、黄金を前にして泣いている人がおられ、その人の親だというので裸になっているかもしれないと、うちのスーの着物が残っているなら、着けさせようねと言って、アンマーと二人で、その人に着物を着けさせようとしたら、その人は黄金になっていましたよ、和尚様。どうして黄金になったんでしょう。」と聞いた。「何だって。」と、和尚様が問い返すと、「金を包んでいて泣く人がいましたよ。」と。和尚様は、「それは一大事なことだ。黄金であったのか。」「はい。」「それじゃあ、私が行って確かめてみるから。」と言って、見てみると、やはり黄金であった。そうしたら、「このことはハーカラミーカラ漏らすなよ。おまえはいつも貧乏のふりをしておけよ。貧乏人が黄金があるというと、すぐやっつけられて、取られてしまうから。おまえはこれだけで、とても裕福になるから。これは、おまえが成長して子どもが生まれても、妻も娶っても、決してあったということは話するなよ。私が考えてあげるから。その黄金も私が保管して、裕福にさせるからね。」と教えてくれた。そして、この和尚様が引き受けなさって、その子どもに、「もうおまえを、私が使ってはいけない。おまえは金持ちになるから、家で働きなさい。」と言って、その黄金で金持ちになったとは思わないで、藁束で金持ちになっていると思って、ハーカラミーカラ漏らさないで、藁束一束から、金持ちになったと言われたって。確かに、黄金を捜して金持ちになったと言えば、貧乏人はやっつけられるさあね。だから、ハーカラミーカラ、絶対漏らさないで、「そこの家は、親からの譲りで、その子どもは、藁束一束で金持ちになった。」と、みなそう思ったってよ。 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| 全体の記録時間数 | 17:10 |
| 物語の時間数 | 17:10 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |