サン結び由来(シマグチ)

概要

長い話だけど、とっても為になる話だから話してみようね。このサンを結んで入れるのは、何から出たかというと、首里の玉陵から出た話。首里城の王様が久高島に行幸にいらした。久高島を視察に行かれたのだが、もう久高祝女が大変な美人だったので、この察度王は、久高祝女と仲良くなってお城にお帰りにならなかった。お帰りにならないので、安里大親が、「貴殿は、お城がどうなっているか、お分かりになりますか。貴殿が久高島に越えられてから、お城はどうなっていると思いますか。内間御鎖は、『物乞ぃしる、我が御主』と言っております。もうお城はどうなっているのか、進言することはできません。」と言った。この察度王は、一人でお帰りになればいいのに、百姓の身分だが美しい久高祝女を連れて行こうとした。そしたら、海が荒れの舟がひっくり返ってしまった。祟りが出たわけさ。察度王は久高島で、この久高祝女と一緒に亡くなってしまわれた。それで、内間御鎖が、お城に登ることになったわけ。それから、この内間御鎖が使っている御茶当真五郎というのは、お茶を植えたり管理したり、また煎って差し上げたりする人であったわけ。真五郎というのは、位の名だよ。内間御鎖が、「私は、お城に行くことになったが、君も一緒に行こう真五郎。」と言われたが、「私のような身分卑しい者が、貴殿と一緒にお城に行くということはできません。それだけは断わらせてください。」と言うと、「それでは、君はどうしても行かないんだね。」と。 「もう、私のような身分卑しい者は、貴殿と一緒にお城に行くことはできません。」と、真五郎は断ったわけ。そうしたら、安里大親が、「それでは、別から考えるので、行かなくてもよい。」と言った。そしたら、この真五郎は非常にもうやけ酒飲んで、アッパンガレーになったわけ。「私の御茶当の位は、他人に取られてしまうんだねえ。」と。真五郎が茶当している間は、茶を煎ると隣近所の人たちに少しずつ配ったりして、皆に可愛がられていたのに、お城の茶当をはずれたら、もう、やけ酒を飲んでいた。そして、村の青年たちを集めて空手をさせたり、腕試しや博打をさせたり、また、踊らせたりしてやけになっていた。仕事もしないで、シマの青年たちを勢揃いさせてすさんだので、村の人たちは怒ったわけ。以前は真五郎に、皆助けられていたが、「彼の心は変わってしまった。」「真五郎が長い間ここに居ると、私たちのシマの青年は仕事はしない。一大事になる。」と怒ったわけさ。そうして、真五郎は、村人が怒っているのは分かっているが、「私が死んだら、首里の玉陵の端に葬ってくれ。」と言い、長くは待たずに、真五郎は亡くなった。言うとおりに、玉陵に空いた墓があった。そして、そこで葬式をして送った。後生に行っても、後生の悪者たちを集めて、三線を弾いたり、角力をとったりして騒いだって。夜になるとその声が聞こえたって。そこは大通りの端の方だったそうだが、それで、夜は大通りから通る人はいなかったって。それから、玉陵でお城の祀りごとをしようと、餅などの御馳走を準備して、日雇いに担がせて、熱いのを持って行くのだが、いつも腐ってしまい、食べられないので捨てたりしていた。もうお城の女たちは、「もう、これは不思議。あんなに立派に準備して、熱いものを持って行っても、腐って食べられなくなるというのは、これは何かある。これは真五郎が、御馳走に手を入れて食っているから、そうなるのだ。そうでなければ、熱いものが腐るということがあるか。」と。「これにサンを結って入れて、まずは持って行ってみよう。」と、たくさんのサンを結って入れて持って行ったら、真五郎は食べることができなかったって。もうそのときからは、お供えした物もお下げして、官人方達も喜んで食べることが出来たって。それから、何もかもにサンを入れることが始まったって。これは首里の玉陵から始まったわけ。これがサンを結って入れる由来記だよ。

再生時間:7:04

民話詳細DATA

レコード番号 47O420962
CD番号 47O42C029
決定題名 サン結び由来(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 目取真ウト
話者名かな めどえうまうと
生年月日 18900804
性別
出身地 具志川市田場
記録日 19800808
記録者の所属組織 沖縄口承文芸調査団
元テープ番号 具志川市T27 B6
元テープ管理者 伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 具志川市史第3巻上538頁
キーワード サン,首里玉御殿,祝女,久高察度王,御茶当真五郎,お茶,空手,ばくち
梗概(こうがい) 長い話だけど、とっても為になる話だから話してみようね。このサンを結んで入れるのは、何から出たかというと、首里の玉陵から出た話。首里城の王様が久高島に行幸にいらした。久高島を視察に行かれたのだが、もう久高祝女が大変な美人だったので、この察度王は、久高祝女と仲良くなってお城にお帰りにならなかった。お帰りにならないので、安里大親が、「貴殿は、お城がどうなっているか、お分かりになりますか。貴殿が久高島に越えられてから、お城はどうなっていると思いますか。内間御鎖は、『物乞ぃしる、我が御主』と言っております。もうお城はどうなっているのか、進言することはできません。」と言った。この察度王は、一人でお帰りになればいいのに、百姓の身分だが美しい久高祝女を連れて行こうとした。そしたら、海が荒れの舟がひっくり返ってしまった。祟りが出たわけさ。察度王は久高島で、この久高祝女と一緒に亡くなってしまわれた。それで、内間御鎖が、お城に登ることになったわけ。それから、この内間御鎖が使っている御茶当真五郎というのは、お茶を植えたり管理したり、また煎って差し上げたりする人であったわけ。真五郎というのは、位の名だよ。内間御鎖が、「私は、お城に行くことになったが、君も一緒に行こう真五郎。」と言われたが、「私のような身分卑しい者が、貴殿と一緒にお城に行くということはできません。それだけは断わらせてください。」と言うと、「それでは、君はどうしても行かないんだね。」と。 「もう、私のような身分卑しい者は、貴殿と一緒にお城に行くことはできません。」と、真五郎は断ったわけ。そうしたら、安里大親が、「それでは、別から考えるので、行かなくてもよい。」と言った。そしたら、この真五郎は非常にもうやけ酒飲んで、アッパンガレーになったわけ。「私の御茶当の位は、他人に取られてしまうんだねえ。」と。真五郎が茶当している間は、茶を煎ると隣近所の人たちに少しずつ配ったりして、皆に可愛がられていたのに、お城の茶当をはずれたら、もう、やけ酒を飲んでいた。そして、村の青年たちを集めて空手をさせたり、腕試しや博打をさせたり、また、踊らせたりしてやけになっていた。仕事もしないで、シマの青年たちを勢揃いさせてすさんだので、村の人たちは怒ったわけ。以前は真五郎に、皆助けられていたが、「彼の心は変わってしまった。」「真五郎が長い間ここに居ると、私たちのシマの青年は仕事はしない。一大事になる。」と怒ったわけさ。そうして、真五郎は、村人が怒っているのは分かっているが、「私が死んだら、首里の玉陵の端に葬ってくれ。」と言い、長くは待たずに、真五郎は亡くなった。言うとおりに、玉陵に空いた墓があった。そして、そこで葬式をして送った。後生に行っても、後生の悪者たちを集めて、三線を弾いたり、角力をとったりして騒いだって。夜になるとその声が聞こえたって。そこは大通りの端の方だったそうだが、それで、夜は大通りから通る人はいなかったって。それから、玉陵でお城の祀りごとをしようと、餅などの御馳走を準備して、日雇いに担がせて、熱いのを持って行くのだが、いつも腐ってしまい、食べられないので捨てたりしていた。もうお城の女たちは、「もう、これは不思議。あんなに立派に準備して、熱いものを持って行っても、腐って食べられなくなるというのは、これは何かある。これは真五郎が、御馳走に手を入れて食っているから、そうなるのだ。そうでなければ、熱いものが腐るということがあるか。」と。「これにサンを結って入れて、まずは持って行ってみよう。」と、たくさんのサンを結って入れて持って行ったら、真五郎は食べることができなかったって。もうそのときからは、お供えした物もお下げして、官人方達も喜んで食べることが出来たって。それから、何もかもにサンを入れることが始まったって。これは首里の玉陵から始まったわけ。これがサンを結って入れる由来記だよ。
全体の記録時間数 7:04
物語の時間数 7:04
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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