阿麻和利(共通語)

概要

阿麻和利は識名御殿のリンドーの子孫である。昔、男の子は七つになると、税を取られた。阿麻和利は七つまで、体が不自由でだったので、リンドーの家では、この子を家に置いておくと、税を取られるということで、屋良グムイ(屋良ムルチ)に隠した。母親は、毎日そこへ食事を運んでいた。阿麻和利は、クモが巣を作るのを見ていた。すると、ハエが飛んできて巣にかかりクモの餌となった。阿麻和利は、こんな小さな生き物さえ、自分で生活しているからと、自分も何とかしなければならないと考えた。母親に、芭蕉のウブシ(芭蕉糸がたくさん巻かれた物)を持ってくるように頼み、それでクモが作ったように、網を作った。それを使って屋良グムイの魚を取って、母親にあげ、また、母親はよそに人たちに分け与えるほどであった。それからは、阿麻和利も元気になり、沖縄の政治を治めようと考えた。最初に、勝連城を落とし、それから、首里城を攻めようと考えた。そのころ、阿麻和利は、昼間は勝連城の按司の馬の草刈りの仕事をし、晩は魚を取っていた。勝連城の海岸端の大里、桃原の人たちに魚を分けていたので、大里、桃原の人たちは、恩義はどう返そうかとしていた。阿麻和利は、「私が、漁に出るとき、家庭に一つずつ山原竹を使ってイザリェーを準備しておきなさい。」と言った。そうして、「今夜、イザリェーを付けて、海岸端に立っておきなさい。」という命令を出した。そして、勝連の按司に、「一大事になっている、首里城から、戦をしかけにやって来ます。」と言った。勝連の按司は物見台に上がり、イザリェーの火を見て、首里から押し寄せてきたと心配した。そのとき、阿麻和利は勝連の按司を物見台の上から突き落として殺し、阿麻和利が勝連城の城主になった。そして、勝連城の一番大将の屋慶名アカーを部下にし、首里城を攻めることを計画した。首里城の王様は、自分の娘を阿麻和利の妻にさせたら、手向かいはしないだろうと考えた。阿麻和利は、首里城へ行き、「中城城の護佐丸が謀叛を企んでいる。」と告げた。そのころ、護佐丸は家を造ってまもなくで、ナタなど鍛冶屋の仕事をしているときだった。それを首里の家来は武器を造っていると間違え、王様に報告した。護佐丸と阿麻和利は婿兄弟でもあったが、首里城の旗印を持って、護佐丸を攻めに行った。首里城では、阿麻和利は不審だということで、戦大将の大城を勝連城に使わしていた。あるとき、阿麻和利と屋慶名アカーが、「護佐丸も殺したことだし、次は首里城を攻める計画を立てよう。」と、言っているのを大城が聞いた。大城は、阿麻和利の妻を起こして、二人で勝連城を抜け出した。二人を殺そうと、阿麻和利と屋慶名アカーが追いかけてきたが、無事、首里城に着いた。阿麻和利が大城にヤリを投げるが当たらない、こいつは鬼のようだということで、鬼大城といわれるようになった。二人が首里の王様に、護佐丸が謀叛を企んだのではなく、阿麻和利の作戦であったことを告げると、王様は大変残念がった。鬼大城が、女装して風呂敷を被り、逃げ回っている阿麻和利を読谷のネビルモーで見つけ、殺した。阿麻和利は謀叛を起こすことはできなかった。阿麻和利というのは、アマンジャナー、網を織るカナー(幼少のころの名前)から付いたといわれている。

再生時間:33:19:00

民話詳細DATA

レコード番号 47O420756
CD番号 47O42C023
決定題名 阿麻和利(共通語)
話者がつけた題名
話者名 徳田永光
話者名かな とくだえいこう
生年月日 19060118
性別
出身地 具志川市字天願
記録日 19800504
記録者の所属組織 沖縄口承文芸調査団
元テープ番号 具志川T19 B2
元テープ管理者 伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 具志川市史第3巻上621頁類話④として梗概掲載
キーワード 阿麻和利,識名御殿,リンドー,屋良グムイ,クモの巣,芭蕉,ウブシ,護佐丸,中城城,勝連城
梗概(こうがい) 阿麻和利は識名御殿のリンドーの子孫である。昔、男の子は七つになると、税を取られた。阿麻和利は七つまで、体が不自由でだったので、リンドーの家では、この子を家に置いておくと、税を取られるということで、屋良グムイ(屋良ムルチ)に隠した。母親は、毎日そこへ食事を運んでいた。阿麻和利は、クモが巣を作るのを見ていた。すると、ハエが飛んできて巣にかかりクモの餌となった。阿麻和利は、こんな小さな生き物さえ、自分で生活しているからと、自分も何とかしなければならないと考えた。母親に、芭蕉のウブシ(芭蕉糸がたくさん巻かれた物)を持ってくるように頼み、それでクモが作ったように、網を作った。それを使って屋良グムイの魚を取って、母親にあげ、また、母親はよそに人たちに分け与えるほどであった。それからは、阿麻和利も元気になり、沖縄の政治を治めようと考えた。最初に、勝連城を落とし、それから、首里城を攻めようと考えた。そのころ、阿麻和利は、昼間は勝連城の按司の馬の草刈りの仕事をし、晩は魚を取っていた。勝連城の海岸端の大里、桃原の人たちに魚を分けていたので、大里、桃原の人たちは、恩義はどう返そうかとしていた。阿麻和利は、「私が、漁に出るとき、家庭に一つずつ山原竹を使ってイザリェーを準備しておきなさい。」と言った。そうして、「今夜、イザリェーを付けて、海岸端に立っておきなさい。」という命令を出した。そして、勝連の按司に、「一大事になっている、首里城から、戦をしかけにやって来ます。」と言った。勝連の按司は物見台に上がり、イザリェーの火を見て、首里から押し寄せてきたと心配した。そのとき、阿麻和利は勝連の按司を物見台の上から突き落として殺し、阿麻和利が勝連城の城主になった。そして、勝連城の一番大将の屋慶名アカーを部下にし、首里城を攻めることを計画した。首里城の王様は、自分の娘を阿麻和利の妻にさせたら、手向かいはしないだろうと考えた。阿麻和利は、首里城へ行き、「中城城の護佐丸が謀叛を企んでいる。」と告げた。そのころ、護佐丸は家を造ってまもなくで、ナタなど鍛冶屋の仕事をしているときだった。それを首里の家来は武器を造っていると間違え、王様に報告した。護佐丸と阿麻和利は婿兄弟でもあったが、首里城の旗印を持って、護佐丸を攻めに行った。首里城では、阿麻和利は不審だということで、戦大将の大城を勝連城に使わしていた。あるとき、阿麻和利と屋慶名アカーが、「護佐丸も殺したことだし、次は首里城を攻める計画を立てよう。」と、言っているのを大城が聞いた。大城は、阿麻和利の妻を起こして、二人で勝連城を抜け出した。二人を殺そうと、阿麻和利と屋慶名アカーが追いかけてきたが、無事、首里城に着いた。阿麻和利が大城にヤリを投げるが当たらない、こいつは鬼のようだということで、鬼大城といわれるようになった。二人が首里の王様に、護佐丸が謀叛を企んだのではなく、阿麻和利の作戦であったことを告げると、王様は大変残念がった。鬼大城が、女装して風呂敷を被り、逃げ回っている阿麻和利を読谷のネビルモーで見つけ、殺した。阿麻和利は謀叛を起こすことはできなかった。阿麻和利というのは、アマンジャナー、網を織るカナー(幼少のころの名前)から付いたといわれている。
全体の記録時間数 33:19:00
物語の時間数 33:19:00
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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