
チョーフグン親方の母親は七か年も妊娠していた。母親は腹の中の子を堕ろそうと、七年もの間、鍛冶屋の鉄くずを飲んでいたが、堕ろすことはできなかったって。だが、チョーフグン親方が生れたときに母親は死んでしまったって。母親は、「私の腹はどうなってもいいから、生まれてくれ。」と言い、チョーフグン親方は、母親の腹をはねのけて出てきたって。生まれたときは、七つになっていて、身体は全部鉄で作られていたそうだよ。胸元の喉だけに少し、肉があったって。身体中鎧兜をつけたようだったって。そうして、内地から戦で千人が攻めて来たときに、チョーフグン親方も馬に乗って戦に挑んでいるのだが、身体中鉄でできているので、太刀も当たらない、弾も当たらない。馬は玉が当たって死んでしまったが、チョーフグン親方はいくら玉が当たっても死ななかったって。それで、生きて千人死んで千人殺したといわれている。また、死ぬときのこと、ちょうど、戦のときのように内地から密告され、チョーフグン親方を殺すように頼まれ人が、髭を剃るふりをして喉に剃刀を突き刺した。チョーフグン親方の反り返る力で、剃刀をたてた人は両足を引き裂かれた。そして、片足は東の海、片足は西の海に吹っ飛ばされたという。こうして、チョーフグン親方は亡くなったが、その後、チョーフグン親方は確実に殺したという情報が内地に伝わった。それから、また、千人舟に乗り攻めて来た。今度は、チョーフグン親方の死体を波之上に立てておいたら、喉から蛆が落ちて闘鶏がそれを喰っていた。すると、チョーフグン親方が米を食べていると思い、彼の手にかかって死ぬよりはと、舟から攻め寄せて来た千人は、波之上が見えてから自ら死んだって。それで、昔から、生きて千人、死んで千人殺したという言葉があるんだよ。それからは、このような人が生まれないようにと、通堂の桟橋にガジマルの木を植えて、がじまるの木が生きるのであれば、こんな人は生まれない。枯れるのであれば、生まれるといって、内地から、チョーグ(ヤン)までは、持ってきて(何をかけたのか、桟橋か不明)かけたという話。こんな人が生まれると、大変だといって。今の沖縄の王が、内地に捕らわれたその以前のことであるわけさ。チョーフグン親方の話は。
| レコード番号 | 47O420729 |
|---|---|
| CD番号 | 47O42C022 |
| 決定題名 | チョーフグン親方 誕生 死 |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 宮城普孫 |
| 話者名かな | みやぎふそん |
| 生年月日 | 19110103 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 具志川市栄野比 |
| 記録日 | 19800504 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸調査団 |
| 元テープ番号 | 具志川T18 B7 |
| 元テープ管理者 | 伝承話資料センター |
| 分類 | 12,20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 具志川市史第3巻上606頁 |
| キーワード | チョー不gン親方,七年間,鉄クズ,戦,鉄砲」髭,波之上,軍鶏,生きて千人死んで千人 |
| 梗概(こうがい) | チョーフグン親方の母親は七か年も妊娠していた。母親は腹の中の子を堕ろそうと、七年もの間、鍛冶屋の鉄くずを飲んでいたが、堕ろすことはできなかったって。だが、チョーフグン親方が生れたときに母親は死んでしまったって。母親は、「私の腹はどうなってもいいから、生まれてくれ。」と言い、チョーフグン親方は、母親の腹をはねのけて出てきたって。生まれたときは、七つになっていて、身体は全部鉄で作られていたそうだよ。胸元の喉だけに少し、肉があったって。身体中鎧兜をつけたようだったって。そうして、内地から戦で千人が攻めて来たときに、チョーフグン親方も馬に乗って戦に挑んでいるのだが、身体中鉄でできているので、太刀も当たらない、弾も当たらない。馬は玉が当たって死んでしまったが、チョーフグン親方はいくら玉が当たっても死ななかったって。それで、生きて千人死んで千人殺したといわれている。また、死ぬときのこと、ちょうど、戦のときのように内地から密告され、チョーフグン親方を殺すように頼まれ人が、髭を剃るふりをして喉に剃刀を突き刺した。チョーフグン親方の反り返る力で、剃刀をたてた人は両足を引き裂かれた。そして、片足は東の海、片足は西の海に吹っ飛ばされたという。こうして、チョーフグン親方は亡くなったが、その後、チョーフグン親方は確実に殺したという情報が内地に伝わった。それから、また、千人舟に乗り攻めて来た。今度は、チョーフグン親方の死体を波之上に立てておいたら、喉から蛆が落ちて闘鶏がそれを喰っていた。すると、チョーフグン親方が米を食べていると思い、彼の手にかかって死ぬよりはと、舟から攻め寄せて来た千人は、波之上が見えてから自ら死んだって。それで、昔から、生きて千人、死んで千人殺したという言葉があるんだよ。それからは、このような人が生まれないようにと、通堂の桟橋にガジマルの木を植えて、がじまるの木が生きるのであれば、こんな人は生まれない。枯れるのであれば、生まれるといって、内地から、チョーグ(ヤン)までは、持ってきて(何をかけたのか、桟橋か不明)かけたという話。こんな人が生まれると、大変だといって。今の沖縄の王が、内地に捕らわれたその以前のことであるわけさ。チョーフグン親方の話は。 |
| 全体の記録時間数 | 3:32 |
| 物語の時間数 | 3:32 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |