阿麻和利(シマグチ)

概要

阿麻和利は小さいころカナーと呼ばれていた。カナーは屋良村の生まれで、とても病弱で歩くこともできなかった。両親は畑に豆を取りに行き、カナーは、庭のニクブク(むしろ)の干してある豆を鶏に喰われないように鶏を追い払う番をさせられていた。そのとき、石垣の向こう側に鶏泥棒がきて、「カナーよう、鶏は食べる分しか食べない、家には持っていかないから、食べさせてあげなさい、勝連の茂知附按司を滅ぼすことより、カナーの鶏を盗むことは難しい。鶏を追い払うより、勝連の茂知附按司を滅ぼし、中山、南山、北山を守って王になったほうがいいよ、カナーが勝連の按司になったら、私を家来にしてくれ」と言った。カナーは勝連の按司になったほうがいいと思った。急ににわか雨が降り出し、両親は急いで干してある豆を家の中に取り込んだが、カナーは庭で濡れたままであった。「子供の私より豆の方が大切なのか」と怒って、カナーは「自立する」と言ったので、勝連のどこかに捨てられた。それかれあ、草を食べたり、網を作り出したりして成長していった。カナーは後に阿麻和利と名乗り、茂知附按司を滅ぼし勝連の按司になった。

再生時間:16:38

民話詳細DATA

レコード番号 47O420533
CD番号 47O42C016
決定題名 阿麻和利(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 安慶名永盛
話者名かな あげなえいせい
生年月日 19060430
性別 男 
出身地 具志川市字具志川
記録日 19800220
記録者の所属組織 沖縄口承文芸調査団
元テープ番号 具志川市T13 B2
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 具志川市史第3巻上620頁
キーワード 阿麻和利,病弱,鶏,豆,ニクブク,石垣,鶏泥棒,茂知附按司,勝連城,
梗概(こうがい) 阿麻和利は小さいころカナーと呼ばれていた。カナーは屋良村の生まれで、とても病弱で歩くこともできなかった。両親は畑に豆を取りに行き、カナーは、庭のニクブク(むしろ)の干してある豆を鶏に喰われないように鶏を追い払う番をさせられていた。そのとき、石垣の向こう側に鶏泥棒がきて、「カナーよう、鶏は食べる分しか食べない、家には持っていかないから、食べさせてあげなさい、勝連の茂知附按司を滅ぼすことより、カナーの鶏を盗むことは難しい。鶏を追い払うより、勝連の茂知附按司を滅ぼし、中山、南山、北山を守って王になったほうがいいよ、カナーが勝連の按司になったら、私を家来にしてくれ」と言った。カナーは勝連の按司になったほうがいいと思った。急ににわか雨が降り出し、両親は急いで干してある豆を家の中に取り込んだが、カナーは庭で濡れたままであった。「子供の私より豆の方が大切なのか」と怒って、カナーは「自立する」と言ったので、勝連のどこかに捨てられた。それかれあ、草を食べたり、網を作り出したりして成長していった。カナーは後に阿麻和利と名乗り、茂知附按司を滅ぼし勝連の按司になった。
全体の記録時間数 16:38
物語の時間数 16:38
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP