浜崎御嶽(共通語)

概要

これは記録がないからなんとも言えんけどもね、浜崎御嶽はこちらの司の息子が首里王府時代に貢船に乗せられて、王府に行っておるわけですよね、だからその航海安全を最初はお母さんの司が願われたら何回行っても無事に帰ってきてるもんだから、みんながその司に頼って、航海安全の祈願を唱えてもらったのがこの浜崎御嶽のお宮の始まりらしいですけどね。昔はこの浜崎御嶽ではあくまでも航海安全だけをやっておられて、群星御嶽、山川御嶽は住民の健康祈願と作物祈願をなさっておられたんです。浜崎御嶽が健康祈願と作物祈願に加わったのが、およそ200年前くらいらしい。琉球の歴史にのっているらしいと、琉大の何先生だったかが二十年位前に、約180年位前とおっしゃっていた。浜崎御嶽では、結願祭のときは女年寄りの方なんかが二晩はお宮で神様に祈願なさるんですけどね。浜崎御嶽にはちっこい家でできなかったもんだから、こちらの宮鳥御嶽の方で一緒に祈願はやっておったんですけどね。新しい方が司になってから、家も大きく広く作ってそれからは浜崎御嶽で結願の夜籠りもやっておるんです。浜崎御嶽では数々の航海安全の祈願をやって、船が安全で首里王府に貢ぎ物が納められてるもんですから、首里王府がそこの司に、「何でも叶えてあげるからあんたの欲しい物を言いなさい。」と言うと、その初代の司は、「自分はシイヌヤーが欲しい。」と言うんですよね。シイヌヤーとは墓のことです。「そうか、それならこちらから職人を派遣してやって立派に作ってやる。」と向こうから墓職人が来て、墓の石は底地(すくじ)の海水浴場の所から切られて立派に作ったのが、あの家の後ろのお墓ですよね。私も去年家内の母が亡くなった時に初めてその墓の中に入って、その時に市役所からも見に来ておったんです。昔の亀甲墓は石を接ぎ接ぎして落ちない様に接がれておるんですけどね、あの墓だけは二枚石で、中は六畳間より広く、八畳間か十畳間位ぐらいあるかもわからんけども、それを二枚の石で覆って墓は造られていた。その墓を造るために、職人なんかが石を切って運んだりして墓を造っている間は、お婆ちゃんがずっとお茶を炊いて飲ませておられたらしいですね。そのお茶が非常においしいと職人言ったそうです。それは水がおいしいわけですよね、だから、「どこからこの水持ってきてるか。」と聞くと、「いや、そこにその水はある。」と言うので職人なんかも行ったら湧き水だからおいしいわけですよね。その湧き水で下に田んぼで作られ、その米は神様にそなえる花米にしたので、花米田(はなごみたー)と言っていた。今はその田は人の手に渡ってるんです。

再生時間:0:39

民話詳細DATA

レコード番号 47O340408
CD番号 47O34C029
決定題名 浜崎御嶽(共通語)
話者がつけた題名 浜崎御嶽と底地墓の話
話者名 後田多朝吉
話者名かな しいただともきち
生年月日 19270108
性別
出身地 沖縄県石垣市字川平
記録日 19960913
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市字川平 T65 A07 
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 浜崎御嶽,司,息子,首里王府,貢船,航海安全,お母さん,群星御嶽,山川御嶽,健康祈願,作物祈願,結願祭,女年寄り,神様,宮鳥御嶽,夜籠り,シイヌヤー,職人,底地(すくじ),亀甲墓,湧き水,花米田(はなごみたー)
梗概(こうがい) これは記録がないからなんとも言えんけどもね、浜崎御嶽はこちらの司の息子が首里王府時代に貢船に乗せられて、王府に行っておるわけですよね、だからその航海安全を最初はお母さんの司が願われたら何回行っても無事に帰ってきてるもんだから、みんながその司に頼って、航海安全の祈願を唱えてもらったのがこの浜崎御嶽のお宮の始まりらしいですけどね。昔はこの浜崎御嶽ではあくまでも航海安全だけをやっておられて、群星御嶽、山川御嶽は住民の健康祈願と作物祈願をなさっておられたんです。浜崎御嶽が健康祈願と作物祈願に加わったのが、およそ200年前くらいらしい。琉球の歴史にのっているらしいと、琉大の何先生だったかが二十年位前に、約180年位前とおっしゃっていた。浜崎御嶽では、結願祭のときは女年寄りの方なんかが二晩はお宮で神様に祈願なさるんですけどね。浜崎御嶽にはちっこい家でできなかったもんだから、こちらの宮鳥御嶽の方で一緒に祈願はやっておったんですけどね。新しい方が司になってから、家も大きく広く作ってそれからは浜崎御嶽で結願の夜籠りもやっておるんです。浜崎御嶽では数々の航海安全の祈願をやって、船が安全で首里王府に貢ぎ物が納められてるもんですから、首里王府がそこの司に、「何でも叶えてあげるからあんたの欲しい物を言いなさい。」と言うと、その初代の司は、「自分はシイヌヤーが欲しい。」と言うんですよね。シイヌヤーとは墓のことです。「そうか、それならこちらから職人を派遣してやって立派に作ってやる。」と向こうから墓職人が来て、墓の石は底地(すくじ)の海水浴場の所から切られて立派に作ったのが、あの家の後ろのお墓ですよね。私も去年家内の母が亡くなった時に初めてその墓の中に入って、その時に市役所からも見に来ておったんです。昔の亀甲墓は石を接ぎ接ぎして落ちない様に接がれておるんですけどね、あの墓だけは二枚石で、中は六畳間より広く、八畳間か十畳間位ぐらいあるかもわからんけども、それを二枚の石で覆って墓は造られていた。その墓を造るために、職人なんかが石を切って運んだりして墓を造っている間は、お婆ちゃんがずっとお茶を炊いて飲ませておられたらしいですね。そのお茶が非常においしいと職人言ったそうです。それは水がおいしいわけですよね、だから、「どこからこの水持ってきてるか。」と聞くと、「いや、そこにその水はある。」と言うので職人なんかも行ったら湧き水だからおいしいわけですよね。その湧き水で下に田んぼで作られ、その米は神様にそなえる花米にしたので、花米田(はなごみたー)と言っていた。今はその田は人の手に渡ってるんです。
全体の記録時間数 8:12
物語の時間数 0:39
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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